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女心と春の風
女心と秋の空と言うが、春の空も相当移り気が激しい。朝から土砂降りだった空はもう晴れ渡り、ぬけぬけと積乱雲が膨らんでいる。大きな水たまりは至る所に落ちていて、まるで鏡面のように清々しい水色を映しだしていた。
今日は雨だからとシュミレーションしていた相合傘作戦は、私の脳内で終わりを告げる。折り畳み傘持ってきちゃってえ、朝の暴風で壊れちゃったんですよお。だから傘の中に入れてくれませんかあ? 心の中でリフレインするわざとらしい甘い声。上目遣いの為にマスカラも塗り直したというのに、全くついてない。それでも残ったプライドで掴み取った先輩の隣を歩く。想定よりも遠い距離。本当ならあと半歩は近かったのに。
湿った土の香りが空気に滲む。梅雨前の空気は、夏のそれよりも澄んでいてまだ過ごしやすい。もうすぐお役御免のカーディガンから指先だけを出して「止んじゃいましたねえ」と私は呟く。先輩はそんな私を見て「雨が降って欲しかったのか?」と首を傾げる。
「そういうわけじゃないんですけど」
そういうわけなんですよね。言えないけど。心の中で舌先を出しながら、言葉を濁す。大きな水たまりを飛び超えれば、先輩は大股でそれを越えた。先輩の足は長い。格好いいなと、ほんの少し心が踊る。
「せっかく傘を持ってきたのに、損した気分になりません? 荷物にもなるしい」
「荷物という程でもないだろう。だいたい傘を差している方が荷物だろう?」
「そうなんですけどお」
そうじゃないんです。言えない言葉が喉奥で疼くが、飲み下し大人しく隣を歩く。不貞腐れたその態度に先輩は笑い「それにな」と言葉を切る。
春特有の強い風が吹き抜け、容赦なく私の髪を攫う。
「春の風は気持ちいいじゃないか」
靡く髪に先輩は目を細め、手を伸ばす。硬く骨ばった指が頬を擦り、私の乱れた髪を整えてくれる。風で波紋を広げた水溜まりは、足を止める私の輪郭を波状に映す。心の動揺を掬い取られたみたいで、とても悔しい。
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