脱兎は占いがお好き

1/1

15人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ

脱兎は占いがお好き

 嘲笑うかのような夜空の笑みが憎らしい。  魔法使いは満月の頃に魔力が高まるものと、新月の頃に魔力が高まるものに別れるらしい。だからこの卒業試験の最後の仕上げを新月に賭けたというのに、うっかり新月を寝過ごしてしまったのだ。全く痛恨のミスである。  月は、絹糸のように細く輝く。薄雲に隠された夜空は星一つなく、だから一層のこと、か細い銀の輝きが強く見えた。使い魔の黒猫は先程から惰眠を貪っているし、弟子は先程から雑誌を捲りながら「まだ始めないんですかあ?」と呑気に語尾を伸ばした。寝過ごした私も私だけれど、君が起こしてくれたらこんなことにはならなかったのだよ。八つ当たりのような恨み言を飲み下して、指先に力を込める。  されとて、出てくる魔法はいつもの出力とそう変わらない。新月ではないからなのか。しかし一日遅れただけならお零れくらいあってもいいのに。それとも新月の方ではなかったのだろうか。いや、満月に試してもさほど出力が変わらなかったから、きっと新月の方に違いない。 「ねえ師匠の誕生月っていつですか?」 「……六月だが」 「へえ……知ってます? 六月生まれは昼の方が魔力が高まるんですって」 「この前は新月か満月かって言ってなかったか?」 「昼間でも月は見えてないだけで、ちゃんとあるんですよ。だから昼でも夜でもご利益は変わらないんです。知りませんでした?」  彼は雑誌のページの端を爪で弄りながら笑う。飄々とした言葉には薄らと胡散臭さが紛れるが、知りませんでした? で区切られた言葉に素直に頷くほど人間はできていない。もっともらしく頷けば、弟子は嬉しそうに笑った。 「なら今日はもう寝て、明日に備えましょ?」 「しかしだな……」 「しかしもなにもないですって。師匠は六月生まれなんでしょう?」  弟子が笑う。「ついでにラッキーアイテムはカエルの肝らしいですよ」と言い継ぐ彼に「ラッキーアイテム?」と問えば「お守りみたいなもんです」と彼は雑誌を閉じて、大きく伸びをした。 カエルの肝なんてストックにあっただろうか、と巡らせる私に「俺が調達しておくんで」と弟子は笑う。たまには気が利くじゃないか。弟子の一言にいたく満足した私は、寝ている黒猫を抱き上げて作業を切りあげる。  ところでこの前は夜に生まれた魔法使いは夜に効力が上がると言われた気がする。ふと生まれた疑問をぶつけようとするが、口八丁の弟子は遥か彼方、逃げるように階段を駆け下りていた。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加