エンターティナー

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 地球はもうすぐ終わるらしい。最近のワイドショーはその話で持ち切りだ。チキューオンダンカがどうとか、タイキオセンがどうだか、社会の授業のような単語を並びたてた偉そうな専門家たちが、テレビの向こうで警鐘を鳴らす。もうこの星はダメなのだ。そう結論付ける彼らの声に、安っぽいジングルと悲鳴が重なる。  そうなれば当然、世間は憂いに満ちる。悲しかったり、怒りだしたり、怪しい宗教も流行り出す。そうして無法地帯と成り果てたこの世の中で、国が火星への移住計画を立てる。はじめはお金持ちの人が、そして足りない費用は国から借りて一般の人が。徐々に人が減るこの星で、幼い頃から隣に住んでいる彼だけは唯一「最後にお前に歌を聞かせてやる」とギターを掻き鳴らしていた。  地球の、おそらく神様も捨て置くであろう特筆のない住宅街のベランダ。私の部屋の窓から、下手くそなギターの音が雪崩込む。流行りのポップスならまだ救いはあったものの、救いようのない彼が歌うのは自作の曲だ。散々使い古された『愛』だの『夢』だのを、地球に刻み込むように並べていく。   火星の移住計画が進むにつれて、テレビの憂いも彼の地への希望へと変わる。自暴自棄に散財していた人々は遥か彼方の宇宙へと旅立ち、未だ地球に残っている人々も徐々に移住の準備を始める。そんな人々を焚き付けるように、日々海面は高まり、終わりに近づいていく。  それでも彼は歌い、私もなんだかんだと理由をつけて、この場所に残っている。テレビも放送を中止してしまったし、ラジオも音を奏でることは無い。とうとう周りの人がいなくなってしまっても、彼は歌い、私はそれを聞いている。  一向に上手くならない歌を歌い終えて、彼は必ず私に尋ねる。「どうだった?」と。  彼を傷つけまいと言葉を選ぶことが、地球最後のエンターティメントになるなんて、偉そうな専門家たちも思ってはいなかっただろう。言葉遊びのようなこの時間が、私は存外、気に入ってたりするのだ。
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