まるで三途の川のようで

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まるで三途の川のようで

 水面はたおやかに揺れている。雲の張った空は陽光を鈍く拡散させ、薄灰色の水面の尖りを僅かに白く縁どっていた。  世界は、沈没してしまった。大きな隕石が立て続けに落ちたせいだと彼は言うけれど、頭の悪い私にはそれが本当か分からない。ただ地下に逃げ遅れた私は彼の作ったカヌーに乗って、果てのない水面を浮かび続ける。  根まで腐り彼落ちた木が、水のそこに沈んでいる。顔を出して覗き込めばカヌーは僅かに揺れ、黙ってオールを漕いでいた彼は「落ちるなよ」と言う。縁をしっかりと握った私は水底から彼に視線を移し、彼はそれを見て「濡れたら風邪をひくからな」と言葉を継いだ。 「落ちたらみんなの所へ戻れると思う?」 「戻りたいのか?」 「そりゃあ、友達も家族も下にいるし」 「太陽はないんだぞ、空もないんだ。星も見れない」 「でもここと違って地面はあるでしょ」  私の反論に言葉を詰まらせた彼は、先程よりも乱暴に水を掻いた。オールにつられた飛沫たちが跳ね上がり、水面に落ちる。尖りが、僅かに形を変える。  どうにもならないわがままな議論は、こうして水の中へと還っていく。土の下のみんなは元気だろうか。生きているのか、死んでいるのか。  誰もいない街の中、船の軌跡だけがただ、この旅路を観測している。緩やかに広がる波の形を見送りながら、私たちはただ『日常』を探す。
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