ほしのこども

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ほしのこども

 私は所謂『星の子ども』である。流星に重ね祈った願いを叶えるために生まれ落ちた存在で、願い事を聞き届けたら、祈った種族と同じ形をとり姿を現すのが慣例だ。  そうして私は生まれ落ちる。祈った少年は酷く驚いていたが、私は構わず「お土産」と願いを聞き届けた流星の欠片を渡す。これも慣例のひとつだ。  しかし少年はみるみるうちに顔を曇らせ「何この石ころ……」と言葉を吐く。あまりこの種族はものを知らないらしい。「流れ星の欠片だよ」と教えてあげれば、さらに眉間の皺が深まった。 「何しに来たの」 「願いを叶えに」 「は?」 「だって祈ったでしょ、今」  本当のことを言うと、あれを願い事だとカウントすることに、少し躊躇した。だって彼の祈った願いは『願いを叶えて欲しい』とだけで、具体性の欠片もなかったのだ。ともあれ私も星の子どもの端くれ。巨万の富も不老不死も、美貌や周囲との関係の構築など、大体のことはなんでも叶えてやれる。  だから自信に満ち溢れた私は胸を張りながら「願い事は?」と少年に問う。彼は渡された欠片と、私を交互に見つめて「叶えてくれるの?」と口にする。この種族は話を聞かない種族なのだろうか。首を縦に振れば「その後は?」と彼は問う。 「そのあと?」 「願い事がかなったあと」 「え……ええ……星になるだけだけど」  正確には星に還る、だけど。大体の意味は変わらないし、こちらの方が彼の知力にはあった言葉選びのように思えた。しかし少年は私の一言を聞き、強く石を握りしめた。 「じゃあ、叶えなかったら?」 「叶えられない願い事ってこと?」 「ううん、僕が願い事を言わなかったら?」 「そりゃあ叶えられるまではここに居るけど……」  私の言葉に満足したのか、ようやく少年はーーほんの少しだけだけどーー相好を崩す。そうして星をポケットに入れて、そのままベッドに転がった。置いてきぼりの私は「ちょっと!」と言うが少年は何も言わずに、私に背を向ける。  そうして本当に彼は願い事を口にしなかった。この世界の時間軸で、七十年と、少し。星にしては瞬きほどの時間だが、この種族には満ち満ちた時間らしく、彼は老いを重ねて、ベッドに横たわる。起き上がる体力も、もうないらしい。 「わたしもそろそろ星になるのか」  彼は笑う。深く刻まれたシワ。笑う度に目じりのそれが細かく上下する。一方の私はあの日の姿のままで、彼を見下ろす。この種族が星になるなんて聞いたことないけれど、口にするほど野暮なことはしない。  いや、もしかしてこれが願いなのだろうか。ようやく待ち望んだタイミングに「それが願い?」と問えば、彼は笑った。「違うよ」 「わたしの願いは、そうだな」  そう勿体ぶって、唇を結った。言葉を探すように僅かに唇を動かして「ああ」と「そうか」と彼は口端からぽろぽろと言葉を落とす。 「叶ってしまったのかもしれないなあ」  満足そうに微笑むけれど、叶えた覚えはなにもない。釈然としない気持ちで彼を見下ろせば、何故か彼は満足そうに笑う。  この種族はーーいやこの人は、きっと最後まで願い事を教えてくれないのだろう。本当は悔しいはずなのに、もどかしいこの気持ちが何故か、妙に清々しかった。
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