駆け抜ける

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駆け抜ける

 私の放屁が街を駆け抜けた。大袈裟ではなく、ほんの少し、すかそうとしたそれは勢いを持って町中を駆け巡り、あっという間に日本をぬけて海を越え、知らぬ国で霧散する。  予期せぬ突風(と、世間は定義づけたらしい)はたちまちニュースとなり、気象予報士やら著名な博士たちが突風を真面目に議論する。地球温暖化の影響で……突然変異の……環境汚染の……。難しい単語が跋扈する番組が朝から流れ、私のおしりは少しむずかゆい。  朝食をかきこんで逃げるように家を出れば、清廉とした朝の空気が私を出迎えてくれる。くるくると鳴き声をあげるお腹。かきこんだせいで空気まで食べてしまったらしい。 周囲を見回し、誰もいないことを確認した私は密かに放屁をする。そうして解き放たれた屁は、閑静な朝の町を爆速で駆け巡る。  そんなことが数日続き、私の放屁(世間的には謎の突風)はオカルトじみた尾ひれが着くようになった。幽霊の仕業だ、祟の一種だ。当然かぐわしい匂いでもないので、悪い噂だけがついてまわる。  だけど生きている限り放屁はやめられない。部屋の中で放ってしまうと行き場の無くなった屁が部屋中を暴れ回るから、窓は開けて寝ることにした。無色透明な屁は今日も街を駆け抜けていく。 「今朝の突風は、一段と強い香りを放ってましたね」 「牧場のような……なんでしょう、形容しがたいですが…… 」  ワイドショーは飽きもせず、放屁の話を取り上げる。慣れてしまった私はそれを見ながら、悠々と朝ごはんを食べる。  それにしても今日は一段と香りが強い、か。先週はお肉ばかり食べたから、今週は野菜中心にしたほうがいいのかな……。
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