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観測日記
点と点が繋がれば線ができる。線と線を結べば図形ができる。図形をいくつか張り合わせて組みあげれば、立体ができる。そうやって人はできているのだ。小難しい材料も哲学も要らない、ただの点の集合体。それが私、そして先生。
三角形をいくつも組みあわせて出来上がった先生は、画面の向こうで笑っている。見慣れた公園を走り、まだ硬い蕾の枝を見上げ、飛行機雲を指でなぞる。
歩いている最中に膝の関節がぴくついているので、私はマイク越しに「足がおかしいですよ」と伝える。彼は自分の足を見て『ああ』と『ほんとうだねえ』と何度も調整をかける。高機能AIを備えた先生はとても賢い。自分で気づき、解決ができる。
『今日はツバメも飛んでるんだね』
先生は舞い散る桜の花びらの行く末を、目を細めて見守る。とても眩しそうなその仕草に、ツバメを探すのも忘れて「そうですね」と私は返す。
『君の世界も、春が来ているのかい?』
無邪気な質問に私は曖昧に笑う。こちらから先生が見えても、先生からこちらは見えないのだ。薄汚れた研究室。割れたガラス窓の向こうには、荒廃した世界と、生きるもののない世界。
私は先生の、最後の観測者だ。
遠く空に入道雲の子供が見える。『もしかして、夏も近いのかい?』先生が無邪気に言うから、指先で雲の大きさを少しだけ大きくしてやる。「そうですね」
「桜がちって若葉が芽吹ききったら、梅雨が来て、夏が来ますね」
『梅雨かあ。たくさん降るのかな』
窓の外を見る。乾いた風が砂埃を運び、建物の輪郭を沿うように吹き荒ぶ。
「降ればいいですね」
容赦ない太陽から画面に目を戻せば、先生は『ええ、やだなあ』と肩を落としていた。こちらが降らない分、今年の梅雨はめいいっぱい降らせてやろうと、浮かぶ入道雲をまた少し、指先で膨らませた。
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