『せんせい』

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『せんせい』

 芽吹きたての若葉は、その滑らかな肌に陽光を受け、風の吹くまま散らしていた。桜色の絨毯ももう疎らで、季節を押し流すような強い風に吹かれて剥がされていく。  まだ北風が色濃い季節だけれど、陽光は麗らかで暖かい。風さえ受けなければ穏やかな春の日。欠伸をひとつ零せば、服に擦れた静電気が、イヤフォン越しに小さく爆ぜた。  校庭の隅、一際太い大樹の下。まばらに落ちる影が、風に揺られてカーテンのように形を変える。年季の入ったベンチに座れば、陽を嫌うように惰眠をしていた彼が、むくりと起き上がった。 「先生」  先生とは私が勝手に呼んでいるだけで、彼はここで教鞭をとっている訳でもない。しかし『先生』は私の声に眉を顰めることなく、欠伸をひとつ返した。ここは彼のお気に入りの場所だ。おそらく。明言されていないけれど、いつもここに居るから。 「今日は天気がいいですね」  先生は視線をこちらへ投げた。視線で気持ちが通じ合うと思っているのか、彼はしばらく物言いたげな視線を投げて、背を向けて寝転んでしまった。先生は私よりも物を多く知っている。なのに地面に寝転ぶと汚れるような初歩的なものには頓着はない。先生は『そんなショウジは気にしない』と言っていたけれど『それは些事では?』と指摘したら不貞腐れて3日も目を合わせてくれなかった。先生は繊細なのだ。故にクラスでも少し浮いている。  少しだけ大人びるのが好きな『先生』。知ったかぶりで、少し自慢坊だけれど、私の大切な幼なじみ。  風に揺られて光が散る。木の葉を揺らす風が寒くて身震いをすれば、先生は黙ってブレザーを脱ぎ、私にそれを突き出した。しかし私はカッターシャツを汚して母親に嫌な顔をされる彼をよく知っていて「汚いのは、ちょっと」と首を振る。 先生は遠回しな私の優しさに気付くことなく、不貞腐れたようにそれを着込んだ。
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