105センチの鉢

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105センチの鉢

 陽光に蹴飛ばされて欠伸がひとつ。せっせと土を掘り返していた少年が、私の気の抜けたその音を断するように、スコップを地面に突き刺した。じとりと粘つく視線。おおよそ五歳の風貌に似合わぬその迫力に「なんですか」と笑えば、彼は言葉を発することなく視線を逸らし、また土を掘り始めた。  うららかな春の午後、小鳥のさえずりの隙間に、土を掘り返す音が混じる。ざくりざくり。小さな背中には汗がびっしょりと覆っていて、暑そうだなあ、なんてことをぼんやりと思う。どうやら先日、片方無くしてしまった靴の相方を弔うつもりらしい。『ゴミ箱に捨てればいいじゃないですか』と言う私の言葉に、頑なに首を横に振る彼の姿を思い出す。頑固なのは親譲りなのだろうか。まあ彼の親なんて見たこと無いけれど。  しかしながら彼の身体には随分と酷な労働に「そろそろ休憩しませんか」と声を掛ける。カンカン帽の下、不機嫌そうに突き出した下唇が、言葉無く『否』を伝える。よくやるなあ、なんて彼に聞こえたら怒られるような言葉を心の中で呟きながら、私は容赦なく降り注ぐ陽光を団扇で遮った。 「暑くないですか?」  返事は無い。空には出来損ないの入道雲が千切れていて、暇を持て余した私はその軌跡を目で追っていた。 「おわった」  柱にもたれかかり、誘われる眠気に欠伸を零すこと三回。ようやく彼はそう言って、縁側の方へ歩いてくる。どうやら陽光にやられてしまったらしい。ふらつく足取りに細やかながらの風を送ってやれば、彼はバケツとスコップを縁側の下に差し入れて、土汚れた手足のまま、板の間へとよじ登る。  気の利かない私は当然タオルなど持っているはずも無く「おてて、洗った方がいいのでは」と彼に伝える。『おてて』という言葉が癪に障ったのか、よじ登った彼はその場で砂埃を払った。「あー!」という私に、してやったりの顔。 「ひどい、掃除するのは私なのに」  手で払いのけれるだけの砂を落とす私を暫く彼は見下ろして、そのまま黙って風呂場の方へと歩いて行く。未だ彼の身に残った砂屑が振り落ち、歩く軌跡を残していく。小さくなる背中に「埋葬は終わったんですかー!」と声を掛ければ、彼は振り返り、やはり五歳とは思えぬ辛辣な視線を私に投げて、そのまま靴の方へと視線を移す。 「あらあら、これは」  素っ気なく盛られた山が出来ていると思っていたのだが、なるほど、これは風流。灰色の靴の中に詰め込まれた土の上に、花がゆらゆらと揺らめいている。「随分ロマンチックなんですね」と言葉と共に振り返れば、憎らしいかな、そこには砂しか残っていなかった。
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