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ベジタブール王都ラディシュ、その中のとある静かな住宅地のはずれの方に、その施設は存在した。
【澪の家】は、この世界の英雄の一人が創った孤児院である。親を亡くしたり、様々な事情により親と暮らせなくなってしまった子供たちを引き取り、健康に育てることを目的とした、非営利施設だ。
と、そんな慈善活動とは縁もゆかりもないハズの魔王軍参謀付秘書にして元虹の教会所属のミコは、そこで茶を出されもてなされている最中であった。
「……ふむ、これは美味しいですね。茶の良し悪しなどわかりませんが、美味だということは断言できます」
「そうですかっ。それはよかったですぅ」
そして、ミコの目の前に座っているのが、この家のオーナーにしてかつての英雄、ミオ。白い修道服に長い水色の髪を持つ少女。しかし少女なのは外見だけで、実年齢は21歳らしい。
そしてミコはと言えば、こちらも同じような修道服ではあるものの色は黒で、足には大きくスリットが入っており動きやすいようになっている。前髪の交差した内ハネのショートヘアは鈍色、瞳は光すら吸い込む深海色。年は18。ミオよりも年下である。
「……しかし、露頭に迷っているところを助けていただいたことは大変ありがたいのですが、いきなり見ず知らずの者を施設に上げてしまってよろしかったので? 自分で言うのもなんですが、私結構怪しいと思うんですが。客観的に見て」
「もちろん、私が直接この目で見て、大丈夫だと判断したからこうしておもてなししているのですぅ。ミコちゃんが心配する必要はありませんよ」
正直言って、ミコからすればこの笑顔の対応が何より気味が悪かった。無償の親切はしないし、人からも施されたくはない。ミコはそういう人間だ。
しかし、このバカ正直さ、まっすぐさは、どこか自分の上司……クロードを思い起こさせる。一見するとまるで違うタイプのように思えるが、根はほとんど同じなのだろう。ミコは本能的に理解した。
「私にとって、人助けに理由なんて必要ないものですが……もし後ろめたいというのであれば、理由付けすることもできますよ?」
まるで見透かされたようなその言葉に、ミコはただ息を飲むだけで言葉を返すことは出来なかった。
打算でしか動けない彼女が理由を欲していたのは、紛れもなく事実だったから。
「一つは、貴女がこの近隣の住人ではないということと、その着ている修道服……私の属する教会のものでも、他宗教のものでもありません。これが単なるコスプレであれば、何も問題はないのですが、そうでなければ私の出番かと思いまして」
「……もう充分です」
表情や喋り方がアホっぽいかと思えば、意外と的を射た発言であり、納得せざるを得ない。
自身が納得できる理由があるからには、ミオの親切を拒否する必要もなくなり、諦めて優しさを享受することにした。
「私が困ったことになっているのは事実ですからね。そこまで理解していらっしゃるのならば助けていただくことにしましょう……ですが、私が優しくされる理由はあっても、貴女が私に優しくする理由はわかりませんがね。正直、理解不能です」
助けてもらうことにはしたが、やはり心理的に落ち着かない。ある種の遭難状態でもある現状を打破するには、現地人の協力が不可欠。そう頭ではわかっていようと、どうにもむず痒さが拭えない。
これもひとえに、優しくされ慣れていないからという一点に尽きる。
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