優しさを知らぬ巫女、愛情で包む聖女

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「うーん、必ずしも他人のことを理解する必要はないと思いますよ。私は私、ミコちゃんはミコちゃん。それでいいではないですかっ」  しかし、そんな捻くれた態度のミコにも、ミオは一切動じることなく、ただありのままを受け入れた。  これには思わず、ミコも僅かに瞳孔が開く。 「人には優しくしましょうと学校では教わりますし、私も育ての親からはそう言い聞かされてきましたが、誰もが他人に対する思いやりを持てるかと言うと、そうではないと理解しているつもりですぅ」 「……まるで私には思いやりがない、と仰っているように聞こえますが」 「おや、違うのですか? 他人を思いやることのできる人は、他人からの厚意に甘えることもできると思ったのですが」  いちいち捻くれた回答を返すものの、ミオの方が一枚上手だったようだ。自分自身にすら覚えがある事実を突き付けられてしまっては、それ以上反抗する気にもならない。  しかし、ミオは決してミコのことを責めているわけではないのだ。 「他人に優しくできる人は、他の誰かから優しくされたことのある人だけですぅ」 「……」  無言。此度のそれは、肯定を意味するものだ。  とは言え、ミコ自身がその言葉を完全に理解したわけではない。ただ、なるほど、と腑に落ちただけに過ぎない。 「人の心には、感情を溜め込む器があるのですよ。誰かから優しくされる度、その器には優しさが溜まっていくのですぅ。そして、いつかその器が満たされて溢れ出した時……そのぶん、今度は自分が他の誰かに優しさを分けてあげるんですよ」 「……なるほど。確かにそれは、満たされた側の者にしか言えない意見です。では、ミオさんは私の器を満たしてくれると?」 「どれほどの感情を溜められるのかは、個人差があるのでなんとも……ですが、努力はします」  親から関心を持たれず、一時身を寄せたコミュニティの仲間に売られ、信じられるものを全て無くしたミコには、誰かに情けをかけるという発想すらできない。打算によってのみ行動を起こすミコにとって、ミオのような者は理解の範疇を超えた外に居る人間だ。  だがミオは知っている。人間の価値観を変えるのは、その理解し難い考えを持った別の人間しかいないと。 「私は、今日この日に至るまで、たくさんの愛情や優しさを皆さんからもらって生きてきたのですよ。そんな私が、ミコちゃんに手を差し伸べるのは、なんの疑問もない自然なことなのですっ」 「でしょうね。でなければ、先ほどまでの話はなんだったのかとなりますから」  愚直で、嘘をつけない。そのミオの性分は上司と似ていると思っていたミコだったが、どうも芯の立ち方がズレているらしい。ある程度その他大勢と感覚を共有できる常識的な感性を持つ善人なら軽くあしらえるが、独自の世界観と視点から善行を積むお人好しに、自分の所有する処世術は通用しない。  だから彼女のことは、早くも苦手となっていた。 「……さて、少し前置きが長くなってしまいましたけれど、ミコちゃんの事情を詳しく聞かせていただいてもよろしいですか? 協力は惜しまない所存ではありますが、何をするにもまず情報がないと始まりませんのでっ」  苦手だと自覚しながらも、ミコは彼女の誘いに乗るしかない。彼女から解放されるには元の世界に帰らねばならないし、そのためには彼女の力を借りることが最も効率的だからだ。  これも少しの辛抱だ、とミコは粛々と覚えている限りの異世界転移前後の話をするのであった。
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