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「ふむふむ、だいたい事情はわかりました。おそらくはこの世界ではない、異世界から……ですか」
ここに至るまでの経緯をミコから聞いたミオは、顎に手を当ててうんうんと頷く。あまりそうは見えないが、本人的には難しい顔をしているつもりらしい。
「そんなわけで、私からミオさんにお願いしたいことは大まかに分けて三つほど。私の衣食住、最低限の生活基盤の提供……おそらく共に異世界へ飛ばされたであろう身内の捜索……そして、此度の騒動の原因究明、ひいては元の世界へ帰る方法の解明です」
ミコはたたみ掛けるように次々と要求を突き付ける。尤も、ミオの協力は惜しまないとの発言を受けてのことではあるのだが、それにしても遠慮というものがない。
だが、それでもミオは笑顔を崩すことはなかった。
「もちろんですぅ! お仲間探しや異世界転移の原因の調査等は、こちらの事情もあるので付きっきりというわけにはいきませんが……住む場所なら、どうぞこの家を使ってくださいませっ。子供たちも一緒なので、騒がしくしてしまうとは思うのですが」
「元より行くアテもありませんでしたからね、それで結構です。野宿するより余程マシですし」
うるさいのは嫌だが、外で寝るのは有り得ない。よほど切羽詰まった状況でない限りは、雨晒しで夜を過ごすことなんて御免だ。
そしてついでにもう一つ。ミコには、想定しておかねばならない選択肢がある。
「あとこれは、最悪の場合ですが……職を紹介してもらうことになるかもしれません」
「最悪? ミコちゃんの言う最悪とは、いったいどういう状況です?」
「先ほど申し上げた三つのお願いのうち、二つに関連することです。私の身内が、どれだけ探しても見つからない……例えば、この世界以外の異世界に飛ばされてしまっていたパターンだとお手上げです。そして、仮に全員揃ったとしても、元の世界に帰る手段を見つけられなかった場合。諦めてこちらに永住する他ないですからね」
考えうる中の最悪。それは、元の状態に戻るための策がことごとく空振りし、一つも進展しないこと。ある程度の時間が経っても、現状から好転しない……そうなった時、どこかで見切りをつけなければならない。
無駄なことにいつまでも労力を割いてはいられないからだ。ミオの世話になりっぱなしというわけにもいかない。それならばいっそ受け入れて、この世界で一からやり直すことを選ぶ。
幸い、ミコにはミッドガルドに大した思い入れも、未練もない。最悪とは言ったが、それならそれで全然構わないと思っているのである。
「ずいぶん、後ろ向きなことを言うのですね。仕事であれば、いくつか紹介できそうなところがありますので、それに関しての心配は無用ですけれど」
「別に……後ろ向きなわけではありませんよ。どう転んでもいいような心構えをしているだけです」
「ふむ。確かに、あらゆる状況を想定して備えておくのは良いことですぅ。しっかりしたお考えをお持ちのようですねっ」
そう、決してミコは後ろ向きなわけではない。ただし、前を向いているわけでもない。どちらが前か後ろかすらもわからないまま、それでも歩みを止めずに自身の安寧を確保する。他人のことはどうでもいいと思っているから、自然とそのような生き方が身についたのだ。
ミオはそれを悪とは思わない。むしろ、たくましく世の中を生き抜いていると感心すらするほど。
「でも、ここにいる間くらいは、肩の力を抜いてお過ごし下さいませっ。何も心配することはないですよ。きっと私がなんとかしますから」
だが、生き辛そうだとは思う。周囲に頼れる者がいないのなら、誰かに隙を見せるわけにはいかない。ミコは常に、緊張の糸を張り詰めた状態でいる。その精神状態を維持するのは、想像以上に疲れるし苦しいはずだ。
会ったばかりの自分が、ミコにそんなことを言っても信用されないかもしれない。だが、ミオは手を差し伸べずにいられなかった。
こんな時だからこそ、彼女のことを知る人間が誰もいないからこそ。緊張の糸をほぐすことができるのではと思ったから。その可能性が少しでもあるのなら、そうしてあげたいと。
ミオは孤独な人間を見過ごすことができないたちであった。
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