優しさを知らぬ巫女、愛情で包む聖女

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 ミオの言葉に何か思うところがあったのか、ミコは大きく息を吐いて、深く椅子にもたれかかった。 「はぁ……もうどうでもいいです。私は疲れました。とりあえずこちらにいる間は、あなたに全面的に任せます。予期せぬ事態とはいえ、せっかくの異世界なのですから、せめて満喫させてくださいよ」 「それはもちろん! あまりこの国での出来事を嫌な思い出ばかりにしてほしくはありませんからねっ」  これだ。この笑顔が、ミコの中の気力を減退させる。文字通り、力が抜けていくというか、とにかくごちゃごちゃ考えている方がバカみたく思えてくるのだ。  ならばいっそのこと、なにもしない……というわけにはいかないが、少なくとも今日のうちは動きたくない。自分から調査等に動くのは、明日からでも遅くはないだろう。 「では早速、もてなしていただきましょうか。タバコの火ぃ貰えます?」 「あ、すみません、施設内は全域禁煙とさせていただいてますぅ。灰皿もないので、どうかご理解してくださいませ」 「……まあ、子供の多い施設ですものね」  禁煙の二文字を聴いた時、露骨にミコの表情が不機嫌そうに歪んだ。しかしそこはグッと堪える。タバコが健康に悪いことは承知しているし、他人の家のルールに口は出せない。 「では、何かアルコール類……できればビールをいただきたいのですけれど」 「私も、仕事を手伝ってくれている三人のお弟子さんたちも、お酒は飲まないのでここにはないのです」 「……は?」  ならばと要求したのは、三度の食事より大好きなビール。ミコの一服には、タバコかビールのどちらかは欠かせないものだ。  そのどちらもが、この家には欠けている。これでは満喫どころではない。故に、ミコの表情はさらに険しく強張った。 「酒が……ない? 正気ですか?」 「はい、私は至って正常ですけれど」 「少なくとも私は今、正気を失おうとしているところです」 「ミコちゃん!? お気を確かに!」  酒がないとわかるや、唐突にそのことに対する絶望がミコに襲いかかってきた。既に指先が震えており、アルコール断ちの禁断症状が出かかっている。  その様子は明らかに普通ではなく、ミオが心配の声を上げるのも当然のことであった。 「ふふふ……ご覧くださいミオさん。私は酒がないとなにをしでかすかわかりませんよ……さあ、今すぐお酒を用意してください、私が手遅れになる前に!」 「ミコちゃんっ、落ち着いてください!」  アルコール不足でまともな思考能力を失いつつあったミコだったが、次の瞬間にはミオの魔法による光のロープによって拘束される。凶行は未然に防がれた。  拘束から逃れようと必死にもがいてみるものの、非常に頑強でまるで解かれる気配がない。なるほど、ミオが見ず知らずの自分を施設内に招いたのは、この圧倒的な実力があったからか、とミコは内心で納得した。 「大丈夫ですよ、ミコちゃん。ミコちゃんの不安も焦燥も、ぜーんぶこの私が受け止めてあげます。私、こう見えてすごく強いですからっ」 「ミオさん……」 「なので、今日から一緒に禁酒禁煙をがんばりましょう! これを機に心身ともに健やかな生活を目指しましょうね、ミコちゃん!」 「……はぁぁぁっ!?」  どうしてその結論に至ったのか、ミコにはさっぱりわからない。満面のミオの笑みが、今は何より憎かった。  たった一つだけ明確なのは、これがミコにとって最悪の日々の幕開けであるということだけだった。
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