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そう、確かあれは、魔王城メンバー全員揃って昼食を頂こうとしていた時だった。
「遅いわよクズニートっ! いっつもあんたを待ってやってるのよ、少しは申し訳なさそうにしたらどうなのっ!?」
と、最後に食卓に着いたこの城の主を責め立てるのは紫の長い髪と薄桃色の瞳、透き通るように美しい白い肌、更には低身長ながら抜群のスタイルを兼ね備えた絶世の美人。彼らが現在暮らしているこの地、ミッドガルドの自称女神で魔王城の居候、ヒカゲ=アラガキ=スキアートだ。
それに対し、ぼさぼさで伸びっぱなしの赤髪に、対照的な青の眼の下には大きなクマが出来ている、細身で不健康な色白な女……即ち魔王、マオ=フジヨシ=ベルゼクスは、不機嫌そうに答える。
「うっせーな……喚くなゴミ女神。いつものことだろうが」
「そのセリフをあんたが言うなっ! 開き直ってんじゃないわよ!」
「あー、うぜぇ。んなことよりよォ、こんなもんが階段に落ちてたんだが」
普段であれば、食ってかかるヒカゲとのガチバトルに発展するところなのだが、マオはそれを軽くあしらって見せた。
そしてテーブルの上に置いたものは……何かのボタン。手のひらサイズのそれは赤い色をしており、何かに繋がっている様子もない、用途不明のスイッチ。
「……なんだよそれ。怪しすぎんだろ」
「期待なんざしちゃいなかったが、やっぱ誰も心当たりねぇか。さて……」
予想はしていたが、このスイッチについて知る者はこの中にはいないようだ。つまり、身内のいたずらではなく、外部の何者かによってもたらされた不審物ということになる。
当然、次の議題はこれをどう処分するか、になるであろう。得体の知れぬ物体をいつまでも屋敷に置いておくわけにはいかない。
「ならとりあえず押すしかねぇな」
「待てや!」
何の躊躇いもなくスイッチを押そうとするマオを、寸前でクロードが引き留めた。
声を荒げて必死の形相だが、無理もない。わざわざ侵す必要のないリスクを取ろうなんて馬鹿な真似を、許すはずがないからだ。
「そんな怪しいモンに手ぇ出すんじゃねぇ! 何が起こるかわかんねぇんだぞ!?」
「押してみなきゃどうなるかわかんねーだろ。それにボタンってのは押すためにあるもんだ。押さねー方が失礼ってもんだぜ」
いくらクロードが止めようとしたところで、マオは聞く耳を持たない。彼女の中ではすでにこのスイッチを押すことは決定事項であり、自分以外の何者かの意見によって覆ることはないのである。
故に、マオの指がそのボタンにかかったのは次の瞬間だった。
「そぅら、何が起こる? 精々私を楽しませてみろ」
「ああああ!? 何してやがるてめぇーーッ!? お前ら、周囲警戒! 身を屈めて自分の安全を確保しろォォォ!」
ケタケタ笑うマオに怒りを露わにしつつも、クロードはメンバーに注意を促すのを忘れない。自分自身も咄嗟に頭を守り、しゃがんで机の下に潜り込む。
……だが、なんらかのハプニングが起こった様子も、これから起きようとする気配もない。
「……杞憂、だったか? まあそれならそれに越したことはねぇな……おいお前ら、警戒解除。顔上げていい……ぞ……?」
安全と判断し、クロードが顔を出す……が、そこに先ほどまでいたはずの同居人たちの姿はない。ただ、手付かずの昼食だけがぽつんと残されているのみだ。
先ほどからやけに静かだと思っていたが、まさかこの一瞬のうちに六人もの人数が消えるとは、クロードの予想の範疇を大幅に超えてきてしまった。
「声も音もなく……んなバカな話が……っ!?」
しかし、その時に気付く強烈な違和感。重量に逆らい、上へと引っ張られるような感覚。首を上へ向けてみると、彼の頭上の空間が大口を開けてその先へ誘っていた。
これが何なのか、クロードには理解できる余裕も時間も残っていない。ただ、皆これに飲まれたのだと直感した。そして、すぐに自分もそうなるのだと。
上へ引っ張られる引力が急に強くなると、クロードは抵抗する間もなく予感した通りの結末を迎えた。空間の裂け目で何があったのかは、覚えていない……確かなのは、目を覚ました時には見覚えのない草原に倒れていた、ということのみである。
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