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王立ギルド・クライスターズ。かつて大魔王を討ち果たし、四英雄と呼ばれるようになった勇者、シュウの立ち上げた冒険者ギルドである。
ギルドへ登録し所属となった冒険者へ、様々な仕事を斡旋する会社というのが、その実態だ。さしづめ冒険者たちは派遣社員、と言ったところであろうか。
そのギルド本部ビル、最上階にギルドマスターシュウの部屋は位置していた。
「……てことは、最優先すべきは仲間との合流になるだろうな」
ここは言わば社長室。ギルドのトップであるシュウ自身と彼の秘書、そしてごく僅かな限られた人間以外には基本的に人の出入りはない。このような話をするには最適である。
無論、業務外の使用に当たるので、職権濫用とも取れるのだが。
「その妙なスイッチは一つだったんだろ? ならそれ一つで全員が消えたってこたァ、全員が同じ、あるいはそう遠くない場所に飛ばされたと考えるのが自然。そしてスイッチなんていう明らかな人工物をきっかけにしているのなら、作為的に引き起こされた事象である可能性が高い。何か心当たりは?」
「……ある」
シュウの導き出した結論は、クロードのものと同じだった。希望的観測も混じってはいるが、これ以上に最悪の事態を想定するならば、もう彼らにはどうにもできないからだ。
そして、クロードの心当たりというのは、自身の祖父……と名乗っていた裏切りの神、イツキ=カリヤ=ロキ。神出鬼没、言葉の全てが薄っぺらいあの邪神であれば、こんなことをしたって違和感もないし、出来そうではある。
その目的まではまるで見当がつかないが……。
「でもそれがわかったところでなー! こっちからあの邪神を探し出す術がねーし、見つけられたところで……って感じだし! どーすりゃいいんだこれマジで!」
頭をわしゃわしゃ掻きむしり叫びを上げるクロードだが、そうなるのも無理はない。裏切りの神、ロキは事実上対策不能という非常に厄介な能力を有し、兄でもある全知全能の神オーディーンに最も危険視されているほど。
少なくとも、そこら辺にいる強いだけの人間や魔族にどうにか出来る相手ではないのだ。
「落ち着け。そっちは後回しでいいだろ。ならやるべきことは一つしかねぇじゃねーか」
「仲間探し……か」
当事者でないからかも知れないが、シュウは非常に冷静な声色であり、全く動じた様子はない。味方としてこれ以上真っ当に頼れる人物を、クロードは他に知らない。
当然、そういう者がいてくれると、こちらまで精神的に安心できる。瞬時に落ち着きを取り戻し、思考を次に切り替えられるのである。
「今、信用できる仲間に情報共有しておいた。異世界案件なんて大っぴらにゃ出来ねぇからな。お前も軽率な行動はせず、こっちにいる間は俺や俺の仲間の指示に従うといい」
「ああ、そうさせてもらう……土地勘も何もねぇんだ、無闇に動いたって状況が悪くなるだけだしな」
会ったその数分後には思っていたことだが、本当に話が早い。トントン拍子で事が進んでいく。まるでストレスを感じないスピード感だ。
ここまで上手く運び過ぎると、逆に怪しくもある。立場からしても、どうもシュウは一般人というわけでもない。何故見ず知らずの異世界人にここまでしてくれるのか、その理由を推し量ることもできない。
「お前が元の世界に帰るまでの間、衣食住は不自由ないよう世話してやる。だが、俺にも仕事があるし、今すぐ帰るわけにもいかねぇから、少しここで待ってもらうことになるが」
「……こんなこと聞いたら気を悪くするかも知れねーが、どうしてそこまでしてくれるんだ?」
別に、何か裏があるのでは、とか、邪推しているわけではない。ただ単純に気になったのだ。多くの人間を動かす権力を持ったシュウという男が、知り合って1時間未満のクロードにここまで親切にする理由が。
どんな答えが返ってくるのかはわからない。だが何を言われてもそれを甘んじて受け入れよう。その覚悟は、クロードの中にあった。だが。
「お前が異世界人で、俺が英雄だから。それ以上の理由はねーよ」
拍子抜けするほどシンプルな理由。当然、クロードの腑に落ちることはなかったのだが、シュウにとってはそれで充分ということか。
あるいは、その言葉にこそ全ての本質が凝縮されているのかもしれない。
本来ならば交わるはずのなかった二人である。クロードがシュウの真意に気付くのかどうか……それはまだ、誰も知る由もない。
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