5人が本棚に入れています
本棚に追加
「……はっ!?」
ミッドガルドの女神(代理)ヒカゲ=アラガキ=スキアートが目を覚ましたのは、どこかのトイレの個室内であった。
幸いなことに、便座の蓋は閉まっており、見たところ清潔に保たれている。だが、覚醒したばかりで気を失う寸前の出来事が思い出せない。少なくとも、トイレに立った覚えがないのは確かなのだが。
「わ、私はなんでこんなとこに……っていうか、トイレなんかにずっとは居られないわ!」
流石に用もなくトイレに篭るのはプライドが許さなかったのか、即座に個室から脱出することを選択。当然、ここにも見覚えはない。
「……デパートかどっかのトイレかしら?」
個室がいくつも並び、大きな鏡と手洗い場があるこの場所は、おそらく人が多く集まる施設のものであると推測できる。
ヒカゲは用も足していないのに律儀に手を洗ってからそこを出ると、やはりそこは予想した通り、デパートのようであった。本日は休日なのだろうか、なかなか混雑しているように見える。
「どこだろ、ここ。全然知らない場所だわ……」
もしかしたら、自分が来たことのある場所かもしれない。そんな淡い期待は、尽く打ち砕かれる結果となった。
訳もわからず突然知らぬ所へ放り出され、知り合いも近くにはおらず一人きり。ヒカゲの孤独感と不安を煽るには充分過ぎる状況だった。
「……そうだ、確かクズニートが変なスイッチ押して……そしたら何かに引っ張られるような感じがして……」
少しずつ記憶も戻ってきた。あの時は、まるで無理矢理コンセントを引き抜いたテレビのように意識が急に途絶えたのだ。
だから、ロクなことも思い出せない。正直言って、その時の記憶もアテにはならないだろう。
「とにかく、誰かに連絡を……ってない! 私のスマホがぁーっ! 部屋に置きっ放しにしてきちゃった!」
真っ先に思い浮かんだ解決策は秒で頓挫した。これでいよいよ、一人でなんとかせねばならない状況になったわけだ。
しかし、これまで基本的に他人に依存して生きてきたヒカゲは、こうなるととことん弱い。
「ど、どうしよう……私、こんなところで死にたくない〜っ! 愚民、小娘っ、ヘタレにダミ子っ! いっそのこと椅子でもクズニートでもいいから、誰か助けに来なさいよぉぉぉっ!」
あっさりと崩れ去る、ヒカゲの心の安定。ここが人間で溢れ返る商業施設ということも忘れ、ヒカゲは泣き喚いた。
本人からすれば、本気の心の叫びであり、誰かに助けてもらいたくて仕方ないのだが、それを見てヒカゲを助けようとする者はいない。側から見れば怪しい大人以外の何者でもないのだから、誰も関わり合いを持ちたくないと思って当然だ。
「おねーちゃん、どうしたの? まいご?」
「……へ?」
だがそれは、ある程度の常識と倫理観を備えた、一定以上の年齢の者の場合。ヒカゲに話しかけてきたのは、どう見ても小学生未満の幼児であり、それらを有しているとは言い難かった。
最初のコメントを投稿しよう!