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まさか本当に話しかけられるとは、しかもその相手がこんなにも幼い男児だということで、ヒカゲは面食らって思考が止まった。
だが、その様子を見た男の子のきょとんとした顔で、ヒカゲは正気を取り戻す。
「ま、まあ確かに、迷子っちゃ迷子だけど……そういう君はどうなのよ!? まさか一人でデパート来たってことはないでしょ? パパかママは一緒じゃないの?」
ヒカゲは手を膝に置き身を屈め、目線をその男の子に合わせて問い掛ける。至極真っ当な心配の仕方である。
そもそもこれが普通であり、いい大人であるヒカゲが幼児に心配されるようなことがあってはならないのだ。そのくらいの自覚は、ヒカゲにもある。
「ママがいるよ! ぼくのうしろに……あれ!? ママいない! どこいったの!?」
「やっぱり君の方が迷子じゃないの!」
一方の男の子は、自身が母親とはぐれていることにすら気付いていなかったようだ。これでは結局、迷子が一人から二人に増えただけである。
「もう……人の心配する前に自分が迷子じゃ意味ないじゃない! ねえ君、お名前教えてくれる? このヒカゲお姉ちゃんが一緒にママ探してあげるから!」
「ぼくはシンだよ! でもぼくはまいごじゃないよ、ぼくはひとりでもなかないしつよいから!」
「結構いじっぱりねシンくん!?」
本人は認めようとしていないが、どこからどう見ても迷子の子供を放っておくことはヒカゲにはできなかった。普段はわがままで周囲を振り回すことの方が多いヒカゲだが、根は善性なのである。
「ほら、お姉ちゃんの手を握って! 絶対に私から離れちゃダメよ!」
シンがまたはぐれて一人にならないよう手をつなぎ、痛くないよう力加減に配慮しながらもぎゅっと掴む。
そして、そのまま当てもなくデパート内を彷徨い歩くことにした。母親と来ているのなら、きっと母も息子を探し回っているはず。おとなしく待つことも選択肢の一つではあるが、じっとしているのはヒカゲの性に合っていない。
「シンくん、ママの特徴とか……どんな人なのか教えてくれる? 少しでもヒントがあれば、探しやすいからね」
だが、闇雲に探し回るほどバカでもない。少しでも情報を得ることができれば、見つけやすさが格段に高くなる。
なんでもいい、とにかく今は、手がかりとなる何かがほしかった。
「ママはね、すっごいきれいでね、ピンクのかみのけでね……あ! ぼうしとめがねもしてる! いつもおでかけのときはへんそーしてるんだって!」
「変装……? 女優かモデルでもやってんのかしら」
一般人では使わないであろう、変装というワードに引っかかる。結局この子の親の顔を知らないので、この場合ヒカゲにとって変装は意味を為さないが、顔がわかりづらいとなると少々面倒になるかもしれない。
となると、やはりベストは〝見つけてもらう〟ことだろうか。なんとかシンを目立たせて親の目につきやすいようにすれば……。
「……シンくん、肩車してあげよっか?」
「かたぐるま? やるー!」
そこで思いついたのが肩車だ。これならば、人混みに埋もれて見えづらい幼児の低身長をカバーし、なおかつはぐれる心配もない。
唯一ヒカゲに計算外があるとするのなら、自分自身の体力の無さであった。
「こ、子供と思って少しナメてたわ……これ、結構疲れるんだけど……シンくん、やっぱり降りて貰えるかしら……?」
「えー!? 今乗ったばっかなのに! パパとママならもっとやってくれるよー?」
「うんそうね、でも私シンくんのパパでもママでもないから……」
しかも困ったことに、ほんの数分程度の肩車ではシンが満足してくれず、下りてくれそうもない。迷子とは関係ないところで大ピンチだ。体力的な意味で。
だが、その時ヒカゲの耳に聞こえてきたのは、デパート全体に流される館内放送……そう、迷子のおしらせであった。
「はっ……これだわ! 迷子センターに行って、ママを呼び出してもらえばいいじゃない! 無闇に探し回るよりもよっぽど効率いいわ!」
長らく大型デパートにも出掛けた記憶のないヒカゲには、今まで抜け落ちていた選択肢。これを思い出すことができたのは、僥倖という他にない。
ということで、周囲の店員に声をかけ案内をしてもらいつつ、ヒカゲは迷子センターに向かうことにしたのだった。
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