ゲームセット

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 そんな状態でも腹は減る。両親は共働きで留守にしているので、昼食は自分で用意しなければならない。米は炊いてあるし、冷蔵庫や冷凍庫に食べるものがたくさん入っているので好きなものを食えと言われている。ただ今日は新発売のハンバーガーを食べてみたかったので駅前まで出かけることにした。もう何日ぶりの外出かも憶えていない。  ハンバーガー屋には同級生のグループがいたが、特に親しくもなかったし向こうも気づいていないようなので声はかけなかった。  目当てのハンバーガー(期待したほどうまくはなかった)にかぶりつきながら、スマホで高校野球のニュースを漁る。甲子園の大舞台で躍動する同年代の選手たち。プロのスカウトが注目する選手もいる。現役時代、彼らは雲の上の存在のように思えたが、今はある程度客観的にその活躍を楽しむことができる。  何だかんだ、野球からは離れられないみたいだ。  そのまま帰るのももったいないと立ち寄った本屋で、クラスメイトの廣田さんを見つけた。スポーツ雑誌のコーナーで立ち読みをしている。髪を後ろでまとめて眼鏡をかけているのはいつもどおりだが、水色のワンピースを着ているせいか普段の地味な印象とは少し違う。  挨拶しようと近づくと彼女もこちらに気づき、あっと小さな声をあげ、手にした雑誌をパタンと閉じた。何か後ろめたいことでもあるかのように。 「おっす」 「福島君……こんにちは」  廣田さんは笑顔を浮かべているものの、ヘビに睨まれたカエルのように硬直している。そこで会話が途切れてしまいそうだったので、彼女が手にしている本に目をやった。野球の雑誌だ。 「野球、好きなんだっけ?」  以前オレ達の練習試合を何度か見に来てくれたことを憶えている。見た目の印象は文化部っぽいのだが、観戦が好きなのかもしれない。 「う、うん。お父さんが野球大好きで、その影響もあるかな……はは」  廣田さんははにかんで言った。こういう言い方は失礼だけど、その様子が意外にもかわいらしかった。これまで彼女とほとんど接点がなかったせいもあるだろう。  廣田さんは何か言いたそうに見えたが、その言葉が発せられることはなかった。もしかして怖い奴だと思われてるのかな。 「せっかくだし、時間あるならその辺でお茶でもしながら話さない?」 「えっ!? わ、私と?」  思いつきで提案するとひどく驚かれた。てっきり断られるかと思ったら、 「私でよければ」  とオーケーをもらった。彼女も本を買うつもりはなかったらしく、そのまますぐに本屋を出て適当な店を探す。  ついさっきまで人と話したいなどとは思っていなかったのに、廣田さんに会ってから急に気が変わった。別に一目惚れしたわけじゃない。かわいいと思ったのは間違いないけど。
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