ゲームセット

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 腹は減ってないというので目についたコーヒーショップに入った。オレはアイスで、廣田さんはホットで。カウンターでコーヒーを受け取り、空いている席に向き合って腰掛けた。  廣田さんがコーヒーに砂糖やミルクを入れてかき混ぜる間、そのほっそりした腕や白い肌を観察していた。めちゃくちゃ美人ってわけじゃないけど、上品でなんかいいな。  見られていることに気がついた廣田さんは照れくさそうにうつむいた。その様子もかわいらしい。 「あのっ、福島君」  そうかと思ったら、突然顔を上げて話し始めた。 「部活……お疲れ様」  とっさに言葉が出ず、「あ、ああ……」と曖昧な返事になってしまった。その受け答えは彼女を不安にさせたようだ。 「あ……あの、その……」 「ああ、わりぃ。別に気を悪くしたわけじゃねーから」 「そ、そう……ならよかった」  安心したようで笑顔が戻る。 「その、なんて言えばいいのかわからなくて……」  それでもじもじしていたのかもしれない。 「わりぃな、気をつかわせて」 「ううん、そんなことないよ」  微妙に気まずい沈黙が訪れ、間を持たせるようにコーヒーを二口飲んだ。さっきも一杯飲んでいるので夜に眠れなくなりそうだ。 「これからも野球を続けるの?」  廣田さんが尋ねた。 「うーん、わかんねーな」  そう言ってから、すぐに目を逸らした。廣田さんの表情が曇ったから。 「オレ最後までレギュラーに定着できなかったし、プロを目指してるわけでもねーからなー」  ごまかすように、冗談っぽく言った。 「そうなんだ……もったいないなぁ……」 「もったいない?」  予想もしていなかった言葉に驚かされる。 「最後の打席、結果的にはセンターフライだったけど、しっかり捉えてたよね。相手のファインプレーに阻止されちゃっただけで」  廣田さんはまるで自分のプレーのようにいきいきと話した。 「見てくれたんだ」 「うん、テレビで中継してたのを録画で」  よっぽど好きなんだろう。普通は自分の高校でもそこまでして見ないんじゃないかな。強豪校ならまだしも。 「それに福島君って内外野どこでも守れるでしょ? 肩も強いし」 「おっ、よく知ってんなー」 「あ……、ごめん、なんかストーカーみたいで気持ち悪いよね。それに一人でテンション上がってべらべら喋っちゃって……」  廣田さんはばつが悪そうにうつむいた。 「いや、謝ることねーよ。ホントに野球が好きなんだって感心したぜ」  意外にも、という点は伏せておいた。ほとんど話したことはなかったし、もっとおとなしい子だと思っていたから。見た目の印象なんて当てにならないな。 「格好良かったよ、プレーしてる福島君」 「格好良かった? オレが?」  理香にだって言われたことなかったのに。 「だから、またグラウンドで福島君を見れたらいいなって」  廣田さんはまた例のはにかんだ顔で、でもまっすぐオレを見ながら言った。  こんなオレでも、そこまで見てくれてる人がいたんだ。そう考えると目頭が熱くなってきた。なんだか、これまで打ち込んできたことが報われた気がした。
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