ゲームセット

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「ありがとう」  思いきり涙声になってしまい、そこから堰を切ったようにポロポロと涙がこぼれた。 「ごめん、私、嫌なこと言っちゃったかな……」 「いや、嬉しくて……」  人目もはばからずに泣いた。苦しかった練習、汗臭い部室、初めてスタメンに抜擢されたときの喜び、公式戦初ヒットの手応え、最後の試合が終わった瞬間、理香の涙――。記憶と感情が波のように押し寄せ、心の奥底に眠る思いを露わにする。もっと続けていたかったという悔しさを。もうあの日々には戻れないのだという名残惜しさを。  落ち着いて顔を上げると、廣田さんは優しい笑みを浮かべていた。ハンカチで目元をぬぐっているところを見ると、どうやらもらい泣きさせてしまったようだ。 「ごめんな、急に泣いたりして。野球部のことを思い出したら止まらなくなっちまった」 「ううん……福島君にとって、それだけ大切な思い出ってことだよ」  ひとしきり泣いたせいか、それとも廣田さんが励ましてくれたおかげか、モヤモヤしていた気持ちがスッキリした。 「廣田さん、ありがとう」  もう一度、しっかり感謝の気持ちを込めて伝えた。 「うん、私は自分の思ったことを正直に言っただけだから」  顔を赤らめながらも、廣田さんは満面の笑みで応えた。 「なあ、連絡先、交換しないか?」 「えっ、う、うん」  あまり慣れていないのか、廣田さんは手間取りながら電話番号やSNSを教えてくれた。 「よかったら今度、一緒に野球見に行こうぜ」 「……うん!」  その後夏休みの宿題やプロ野球の話で盛り上がり、廣田さんが帰る時間だというので店を出た。  方向が違うので駅前で別れる。 「じゃあ、またね」 「ああ、今日はありがとな」  少し歩いて振り返ると廣田さんもこちらを見ていたので、もう一度手を振った。やがてその姿は人混みに紛れて見えなくなった。  格好良かった、か。彼女の言葉と笑顔を反芻し、込み上げてくる熱い気持ちを全身に行き渡らせる。  ひとまず宿題を終わらせて、ランニングと素振りから再開しよう。恥ずかしい生き方はしたくない。自分に対しても、廣田さんに対しても。  ひとまず、高校球児としてはゲームセット。ここから新しい人生のプレイボールだ!
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