それからの日々

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僕と今の今まで楽しげに無駄話をしていた彼は 突然思い出したかのように自分の腕時計を見やり、 「そろそろ寿命だ。」 と言ってパタリと居亡くなった。 それからの僕の日々は 大した変化もなかったが、 彼の最期の一言だけが強く耳に残っていた。 人はあんなにも正確に自分の寿命を知れるものなのだろうか。 彼は持病があるわけでもなく、自死でもなかった。 もちろん特殊な能力を持っているわけでもない。 考えても仕方のないことだと思った僕はしばらく思い出さないようにしていた。 数か月経って彼の言葉もようやく耳から離れてきた頃、僕はやっとスマホを最新のものにした。 もう僕の知っている6Gや7Gの次元ではないらしい。 人にはそれぞれ平等に時間が与えられているはずなのに、こういう開発を手掛ける者たちにはボーナス時間なるものが与えられているのではないかと思うくらい、このたった十数年で思いもよらない技術が開発・実現されていく。 新しいスマホを使い初めたその日、ホームにある天気などの予報の詳細の中に見たことないものを見つけた。 「魂指数?」 締め切った部屋でボソッと声が漏れた。 詳細を開くと、バイオリズムのような周期が表示されていて、その下にはまたいろいろな指数が書かれてある。 選択指数、出会い指数、別れ指数、継続指数、チャレンジ指数、時間指数、休め指数、発言指数、行動指数、シミュレーション指数、、、などなど。 変な指数だなとも思ったが、「なんだ、占いか」と言ってその日はそれ以上見なかった。  次の日、いつもより早く起きたので、天気予報のついでに占い感覚で昨日の魂指数の詳細を開いてみた。 昨日は下のほうに表示されていた時間指数が今日は上のほうにきている。 気になって開いてみた。 「今日は気持ちの良い目覚めで、いつもより早く起きられるでしょう。よりいい日にするためには、発言指数も参考にしてみてください。」 (確かに今日は気持ちよく早く起きられた。当たっているのだろうか。) そう思って発言指数も開いてみた。 「今日は、いつもは言わないこともきちんと発言してみましょう。特に上司への思ったままの意見や、後輩へのユニークなフォロートークなどが出来ると吉です。シミュレーション指数があまり良くないため、念入りに考えてからの発言は反ってよくありません。思った言葉はそのまま言ってしまいましょう。今日はそれが許される日です。」 「許される日、か。」にわかに信じ難かったが、そろそろ家を出なければいけない時間にもなったので、 (まぁそんな場面になれば言ってみてもいいかな)という程度の気持ちで画面を閉じた。  午前中まではお客さんの入りも落ち着いていて、みんな和気あいあいとしたように振舞っていたが、午後からは怒涛の時間が流れた。 店員の数の3倍ほどの客が一気に入ってくる。 窓口業務の忙しさで自分の仕事が思ったように捗らない上司がイライラしているのが伝わってきて、(それやめてほしいな)と思いはしたがこれ以上面倒を増やしたくないので言わなかった。 そろそろ中堅と言われるくらいの年齢になったのに、意見ひとつ言えない自分が情けなく思えたりもした。 やっと客足が遠のいていき、後輩が額の汗を拭いながら「いやー大変でしたね」と笑ってきたので、「ほんとだよね」と笑って相槌を打っていると、壁の向こうからイライラしてる上司が力任せに棚を閉める音が聞こえてきて、後輩が声のボリュームを下げた。 少しだけ、指数に書いてあったことを思い出したが、いつものことだからと思ってけっきょく何も言えなかった。 それから後はいつもと変わらず閉店の準備をして、定時には終わった。 帰宅してから、明日が晴れなら夜干しでもしておくかと思い、天気予報を開いた。 そういえば、発言指数通りに発言しなかった場合、グラフや明日の指数はどうなるのだろう。 ちょっと気になって指数も見てみた。 今朝と同じページを開く。 たしか今日以降の発言指数のバイオリズムは、朝の時点の予想ではゆるく上昇する動きだったのだが、改めて開くと一定の高さを保ったグラフになっている。 そして朝見たときには気づかなかった補足メモを見てみた。 「とくに意見をしなかった場合、元のリズムに戻りますが、この流れを繰り返すと行動指数に響くので、次回の発言指数が良い日には積極的に発言しましょう」 よくよく考えたら、そりゃ思ったことを素直に言える人間のほうがうまく生きていけるだろうから、指数とか言われなくても気持ちをちゃんと伝えられる人間になれってことじゃないのか? そう思った僕は翌日、「もう少しイライラ、抑えられないですか?」 と、閉店時間が近づいた時間帯に伝えてみた。 比較的上司の機嫌はそれほど悪くなかったので、今なら許されるような気がしたのだ。 上司は特に顔色を変えることもなく、気をつける。と言いながら作業を続けていた。 これでいいのだと思った。 その日も帰宅してから指数を見てみた。 昨日まで平たんだった明後日以降の魂指数が急激に落ちている。 そして朝は読まなかった今日の発言指数を見てみようと、詳細欄を開いてみた。昨日はトップに上がっていた発言指数欄は今日は下位だ。 「発言するなら今日ではありません。意見は指数の良い日にしましょう」 発言指数が下位の代わりに、トップに上がっていたのは行動指数だった。 「今日は態度で示す日になりそうです。いつもより早めに起きて行動すると吉。チャレンジ指数も高いのでいつもはやらない片づけをするなどしてみましょう。他者の発言や態度に振り回されないで、自分の行いだけに目を向けるように。」 とあった。 確かに今日は、早く出社したのでなんとなく清々しいような気分だったし、上司の機嫌も良さそうだった。 だからこそ話すなら今日だと思ったのだが、そういえば今日は1日中、どういう切り口で上司に話しかけようかと、そのことばかり考えてしまっていた気がする。 それにしても、昨日は伝えたほうがいいと言われたことを今日伝えて何がいけなかったのだろう。 やはりまだ指数をあまり信じられなかったが、2日後また気になって魂指数の詳細を開いた。 すると、さらに右側にもう1ページ追加されていることに気付いた。 自動アップデートされたのかもしれない。 試しに追加されたページを見てみると、何かのカウントダウンがすでに始まっている。 何のカウントなのだろうと疑問に思い、この機能についての説明ページを探してみたが見あたらない。 暫くして諦めた僕はいつもの指数ページに戻った。 今日はチャレンジ指数が上位に来ている。 この休日はいつものようにゴロゴロせず、スポーツに挑戦してみろとのことだった。 ごもっともだと思った。 そう思いはしたが、いつも通りにゴロゴロ過ごしてグラフは急降下したままだった。  翌日出勤すると朝から上司は気合の入った形相で誰よりもテキパキ動いていた。 物言いはなんだか棘がある。 イライラしているのかどうか判別が難しいが、恐らくイライラしているのだろう。 なんとなく店舗の空気が朝から悪い。 もしこれが、僕が先日意見したせいだとしたらと考えると少し後悔をした。 たしかにグラフ通りなのかもしれないと思った。 慌てて今日の指数を開いてみた。 するといつもは指数のページが先に表示されるのに、今日はなぜか追加ページの方が先に出ている。 そして一般にカウントダウンというのは数字が減る一方の作りだと思うのだが、よく見ると昨日より数字が大幅に増えている。 「ん?」と声に出しながら何度か見直したが間違いない。 そしてその増えた数字は今、きちんとカウントダウンされて毎秒減っていっている。 昨日見た時間帯と今見ている時間帯が違うからなのだろうか、それとも1日1日リセットされるタイマーなのだろうか。 だとしても何のタイマーなのだろう。  数日経って、この日の朝も少し余裕があったので、久しぶりに指数を見てみることにした。 思考指数と行動指数が上位に来ている。 よく考えたことを行動に移すと吉らしい。 また、いつもより早めの出勤も推奨されていた。 この前は指数を無視して後悔したので、今日は予報通りにしてみようかなと思った。 いつもより10分早く家を出ると、出勤していたのは上司だけだった。 少し気まずかったが、二人で準備を進めながら、前からこっそり考えていた朝の朝礼の変更案を話してみた。 「やってみれば」と無関心な口調で言われ、この人は僕のことあまり好きじゃないんだろうなと思いながらも、この日新しい朝礼スタイルを試してみた。 思いのほかこの朝礼は良かったようで、いつもよりみんなの顔や声が明るくなり、僕のモチベーションの少し上がった。上司の反応もわりと悪くない気がする。 (やってみるもんだな)と思った。 この日も帰宅後に、そういえばあのカウントダウンはどうなったのだろうと追加ページを開いてみて、余計に仕組みが分からなくなった。 約12時間前の今朝に確認した数字よりも、2時間ほど多くカウントが進んでいる。 念のため、自宅の電波時計と一秒一秒のカウントが同じか確認してみたが、特別狂っているわけでもない。 仕事以外で頭を抱えたのは久しぶりだった。  それからしばらくの間は、予報通りに過ごしたときと、予報を無視して過ごしたときで、カウントがどう変化するのかという確認作業に没頭した。 なんとなく分かったことの一つに、予報通りに過ごすとカウントが早まり、予報を無視して反対の行動をするとカウントが少し伸びるということだった。 ただし未だに何のカウントを表しているのかはわからない。 もうしばらくの間、予報通りに過ごしてこのカウントが何なのかを確かめてみようと思った。  この指数を確認しながら行動するようになって、1年以上が経った。 指数通りに動いたことで、今までなら思ってもやらなかったことをどんどんやるようになっていた。 スポーツを始めたことで少し理想の体つきになり、やってみたかった楽器もいくつかできるようになった。 今まで見て見ぬふりをしてしまっていた寄付やボランティアの活動にも参加してみたりもした。 気のせいかもしれないが、笑って過ごす時間が増えて、今まで以上に友達と有意義な時間を過ごすことも増えた。 柄でもなくブログも書き初めて、僕にしては思いのほかたくさんの読者がついてくれた。 そよ風にゆらぐカーテンを、時間の経過を感じる編集で載せるだけという投稿もあれば、思い付きで破天荒なことをしみてたり、得体のしれないものを作ってみたこともあった。 これもすべて指数の予報に基づいた投稿内容だったことは言うまでもない。 最近のカウントに表示される数字は日を跨いでもリセットされるような様子はなく、ただ一方に減るだけだった。 だいぶ数字が減ってきたので、いよいよ何のカウントなのか解るのではと期待が膨らんでいた。  パラパラと雨が降って、窓ガラスについた雨粒が街のあらゆる光を優しく包む夜、カウントダウンをしていた画面の上方に[肉体時間]というタイトルが表示された。 なんのことだ?と思った。 [肉体時間について]との表示があったので開いてみた。  -魂指数に基づいて計算された肉体時間は、あなたのその肉体がこの現世で過ごせる残りの時間を表します。魂はその指数が満たされると来世のほうへ移動をします。残りの時間もしっかりと過ごし、良い来世に魂を繋げましょう。 ~現世の最新技術は来世との往来の時差は最短。計算のずれもほぼないに等しい仕上がりです~ 体調はむしろ以前より遥かに良い。何が肉体時間だ。 そうは思ったものの、僕に残された時間は思っていたよりもかなり少なくなっていたので少し真剣にカウントを見つめていた。 今までの流れであれば予報に背いた行動でカウントが伸びていたので、明日は予報に背く行動を開始してみようと思った。 反対の行動で時間を稼げばいいのだ。 休め指数は、何をしてもダメだからほんとに今日は休んでいなさいというもので、これが出たときは仕事もろともいつも以上のことはほんとに何もしないほうがいい。 めったには上位に来ないのだが久しぶりに上位に来ていた。  「よし、分かりやすいのが来たぞ」 そう思った僕は、わざとめったに合わない友達と会ってみたり、予定日より早くブログを更新してみた。 だがおかしい。「今までなら、」というセリフが全くかみ合わず、カウント数が増えることはない。 代わりに変化があったのはカウント表示の色が不気味な配色に変わったことだった。 なんとなくカウント表示をタップしみてた。 ―今からの行動や言動によって、肉体時間が変わることはありません。 ただ行き先が変わるだけです。 最期は現世とその現世を過ごさせてくれた肉体への感謝を忘れず、良い来世に繋げましょう。― 魂、肉体、現世、来世。 なんだか一気にスピリチュアル感が増して不気味な感じがした。 本当にこの予想通りに死んでしまうのかについてもまだ少し疑いがたった。 でもなぜか、素直に残された時間を気持ちよく過ごしていくしかないのかなと思う自分もいた。 そしてふと、1年半ほど前の彼のことを思い出した。  次の休日、人づてに連絡を取って他に彼と親睦のあった人に会うことにした。 彼が最後に使っていたスマホがどんなものだったのか気になったのだ。 もしかすると、妙な言葉を残した彼はこのカウントダウンタウンを見ていたのかもしれない。 僕と合うとき、彼はいつでもスマホを見ない人だったから僕は彼の使っていた機種を知らなかった。 彼のことをよく知るその人は、彼と幼少期からの友達だった。 おっとりと話す口調と、怒ったことなどなさそうな顔立ちから、人の良さがにじみ出ている気がした。 「突然変な話で申し訳ない」と切り出した僕は、彼が最後どんなスマホを使っていたか覚えているかと訊ねてみた。 「覚えてるよ。そう、たしか今僕らが持ってるこのタイプのやつだね。メーカーやキャリアは違うけど、彼は毎回すぐ新機種を買っていたから。最新の機能はすぐ試したいんだって言っていたなぁ。」 そう話す彼の飲むアイスコーヒーからは水滴が滑り落ちて彼の手を絶えず濡らしている。 濡れた手をズボンでそっと拭う彼を見て、機械や技術がいくら進化しても、それらを扱う人間のさほど進化していない所作になんとなくほっとした気分になった。 「ちょっと変な話をしてもいいかな。魂指数って、見たことある?」 思いきって聞いてみることにした。 「うん、知ってるよ。」 「え?ほんとに?いつも見てる?」 「いつもではないけど、たまに見てるよ」 「カウントダウンは?」 「カウント、、、?  それはまだ見たことないなぁ。なに?それ。」 「カウントダウンはね、」 そう言いかけて、ふと今日の指数を思い出した。 今日は出会い指数が上位で深堀指数に注意が出ていた。 つまり話を掘り下げるのに没頭して、せっかくの人との出会いをないがしろにするなということだと解釈した。 そのあとからは彼についての話やお互いのいろんな話をして過ごした。 とても和やかな時間が流れた。 僕は、おおらかでユニークな雰囲気をもつ彼のことがすぐに好きになった。 減ることしかしないカウントが、少しだけ恨めしく思えた。 今ままで、出会ったばかりでこんなにもリラックスできる人はそうそういなかったと思う。 また来月会う約束をして僕たちは連絡先を交換した。 彼にまた会えるのを楽しみにしていた当日、久しぶりに魂指数をみてみると幸福感を示すグラフが少し大きく上昇していた。 それを見て自分はやはり彼に会うのが楽しみなんだなと再認識した。 カウントダウンは残り3か月半ほどしかない。 今までなんとなく過ごしていた毎日も、最近では“有限”という言葉が付き纏って、少しでも意味のある時間を過ごそうとするように変わってきている。 もう今更指数を気にする必要もなくなった僕は、なるべくスマホを持ち歩かないようになっていた。 最期に彼がしていたように腕時計をはめ、そのカレンダー機能に予定の時刻をセットした。 音が鳴るわけでもなく、腕時計をはめている自分にだけわかるタイマーだった。 ただ、"彼に会う"ということだけは、それだけで意味のあることだったから、内容や理由はどうでもよかった。 彼に会うときに指数をチェックする自分を想像して煩わしく思ったことも、スマホを持ち歩かなくなった理由のひとつだったかもしれない。 最期に誰に会おうか、いろいろ考えた。 最期にどんな話をしようかたくさん考えた。 でもやりたいことは、指数のおかげてだいたい全てやってしまっていたし、 有意義な時間を過ごすためにこれ以上何をすればいいのか、そんなことで悩む時間がもったいなくらいだった。 「魂が満足したら来世に、とか書いていたな。そういえば。」 と、もう充電もしなくなったスマホを見て思い出した。 「やっぱり、彼に会いに行こう」 彼とはその後も何度か会って、今ではもうずいぶん前からの友人かと思うくらいに仲良くなっていた。 もちろん彼が僕のことをどう思っているかはわからないが、僕は最期に会えるのが彼ならいいなと思った。 試しに連絡をしてみると、彼もちょうど今暇な相手を探していたという。 待ち合わせの場所は、静かなできれいな海辺だった。 近くにはテイクアウトさせてくれるコーヒー屋さんがあるので、そこでブレンドコーヒーとキャラメルラテを買い、 並んで海を見ながら他愛のないくだらない話ばかりをした。 もう最近では僕の口から職場の話や上司の愚痴がネタとして出ることもない。 ただ飽きることなく繰り返す波をぼーっと見ながら、どうでもいいような話で笑いあう度に、幸せだなぁと感じた。 時間は有限だとか、つい最近まで思っていたことも もうどうでも良いと思える心地になっていた。 「夕方の色になってきたね」 話の途中なのもお構い無く、彼は空を見上げて呟いた。 「ほんとだ。きれいだ。」 僕も話が途中であることなど気にならなかった。 ふと、付けていたことも忘れていた腕時計を見やる。 あとほんの少しだった。 「そろそろ寿命だ。」 無意識にいつかの彼と同じセリフをつぶやいた。 すると隣の彼も同じようにつぶやいてスマホの画面を見せてきた。 彼の画面の幸福グラフは限りなく頂点に近づいていて、カウントダウンは僕の数秒後を追いかけている。 「なんだ、君も本当はカウント、知っていたんじゃないか」 僕はそう言って笑いながら、彼が幸福を感じてくれていたことに安堵しながら、「それじゃあ、お先に。」と言って現世を去った。 彼も、ふふふといたずらに笑いながら「うん、また来世で。」と静かに去った気配がした。
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