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十分……いや、ほんの数秒だったかもしれないその時間。
ずっと少女だけを見ていたい、という気持ちが己の心を支配していることにルカはまだ気付いていない。
幻想的な風景を打ち砕いたのは、低く唸る獣の声。
ひっそりと近付く獣には気付かず、少女は歌いながら悠長に草木と戯れている。
「――あ、ぶねっ!」
気付いた時には、もう駆け出していた。
短剣と獣の牙がせめぎあう。
持っていた短剣では目の前で唸る大型の獣に勝つ自信はなかったが、退けば背後にいる少女の命がない。
「……ッ、この、犬っころがっ、俺に勝とうなんざ百万年早ぇんだよ……っ!」
「やめて!」
「はっ? バ、バカ!」
その細い体のどこにあったのか、少女は強い力でルカの腕を引いた。
その隙にといわんばかりに、獣はまず弱そうな少女へと牙を剥き出しに襲い掛かる。
「おい!」
「大、丈夫……大丈夫だから。……ごめんね。私たちのせいで住む場所を追いやられてるんだよね? 悔しいんだよね? ごめん、ごめんね……」
食いちぎられてもおかしくないほどに獣は肩に鋭い牙を突き立てている。だが、少女は構わず獣の背をそっと撫でた。
紅い瞳に、涙を浮かべながら。
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