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数日前、部活中のことだった。
俺の蹴ったサッカーボールが、予期せぬ方向へと飛んでいった。ヤバいと思ったが、幸いなことに、女子生徒の足元に転がるだけで済んだ。
ボールを拾う女子生徒の所へ、俺は駆け足で向かった。
「すみませーん」
女子生徒と目が合い、思わず息を呑んだ。
立てば牡丹、座れば牡丹、歩く姿はるりの花……彼女を見た瞬間に真っ先に浮かんだのは、どこぞで聞いた美人を表す言葉だった。
(めっちゃ可愛い……)
「…………」
女子生徒は少し俺を見たが、特に気になる存在でもなかったのだろう。無表情かつ無言でボールを差し出してきた。
「あ、ありがとう」
しどろもどろの俺など他所に、女子生徒は何事もなかったかのように立ち去っていった。
普段の俺だったら、彼女の態度に少し腹を立てていただろう。相手の気持ちを機敏に推し量れるほど、俺の心は広くない。
だけど、そんなことがどうでも良くなるほど、俺の頭の中は彼女でいっぱいになった。
(これが、一目惚れってやつなのか……)
それからというものの、暇さえあれば彼女の姿を探すようになった。
登下校時はあちこちに目をやって周囲から不審がられ、授業中でも他のクラスの女子が校庭にいれば姿がないか気にかけ、休日でも彼女らしき姿を見かける度にドキリとする。
そして先ほど、部活中にふと上を見たら、窓に彼女の顔が見えたのだ。
だけど、それも少し目を離した隙にいなくなってしまった。
奇妙なことに、一週間経った今でも、彼女の素性が一切分からない。
ここの生徒であることは間違いないはずだが、どこにもいないし、誰に聞いても心当たりがないという。
「もしかしたら妖精とか……?」
「頭診てもらえ」
「え、そんなに重症なの?」
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花だ。牡丹が二つあって瑠璃の花が咲いている時点で、お前の頭はアウトなの」
「いや先生、言葉が思い浮かばなかっただけなんだって。あと瑠璃は単なる言い間違えだから!」
俺は現在、保健室にいる。彼女の姿に見とれていた隙にサッカーボールが顔面直撃したので、ここで手当てしてもらっているというわけだ。
ちなみに保健室の先生は俺の姉でもある。公私混同しないように学校では先生で通しているが。
「なぁ先生、保健室登校の生徒とかで心当たりとかないの?」
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