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「さっきからバカみたいなことを言いやがって、お前ついに本当に頭がおかしくなったな。」
「おかしくなんかなってねえよ。ほんとに頼むよ。作ってくれよ。」
男は頭を下げて俺に懇願してくる。だが必死こいて頭を下げたところで俺にはそれは作れない。いや、絶対に作らない。
「もうあきらめろ。これから仕事が入ってるんだから帰ってくれ。」
しっしとしながら、ぶっきらぼうに言い放って俺は店の中に戻ろうとした。その瞬間、不意に腕へずしんと力のこもった重さがのしかかってきた。
「待ってくれよ!今回こそは本気なんだ!こんなことを思いつくのは俺しかいない。これはすごいことだぞ!」
「信じられるわけないだろ!お前に力を貸してこんなことをしたってばれたら俺まで周りに白い目で見られちまう!俺にはそんなことできないね。」
当たり前だ。そんなばかげたことするはずがない。それをやっちまったら周りからどんな風に見られるか容易に想像できちまう。普段から頭がおかしいこいつはまだしも俺までそうは見られたくない。しかし、男はしつこく絡みつくように俺を説得をし続けている。
「いくら言っても無駄だよ!そもそもそれはそこら辺のガキでも知っている、世界の常識とも違う。それを本職の俺がそんなの作るはずないだろう。そんなことも分からないほど耄碌しちまってるのかお前は。」
「ああそうだ。当たり前の常識だ。だからこそ俺はそれを疑って自分でできる限り考えたんだ。その結果、一つの考えを俺は得た。これはそのために必要な最後のピースなんだよ。」
「そうかい。そしたらそれは永遠に完成するはずがない不良品ともいえるパズルだよ。」
あまりのしつこさに侮辱したくなる気持ちが出始めていた。そりゃそうだろう。全世界の人間が知っている、この世界はずっと平らな地面が一生で行けようがないほど広がっている。だから水平線の先に行ってしまうと真っ逆さまに落ちてしまうこと、それをこいつは違うと言っているのだから。普段から突拍子もないことを話す男だが流石にこれはおかしくなったと言わざるをえないだろう。
「お前!俺の考えを馬鹿にするな!この世界はまっ平ではなく、まん丸だということのどこがおかしいんだ言ってみろ!。」
胸ぐらをつかむ勢いで突っかかってくる。「何度でも言ってやるよ。この世界が丸い
と少しでも真上からずれたら空に落ちてしま
うだろ。」
「そ、それは…。」
男は確信を突かれた様子で、何か反論を言おうにもまだ考えられていないのか言い淀んだ。
「ほら何も言い返せないだろ。そんなことはあり得ないのさ。そんな考えを口に出すだけならまだしも地図を作る仕事の俺に対して、丸い球に世界地図を貼りつけた物を作れなんざできるわけがないだろう。そんなふざけたものを作ったことが知れてお客がいなくなったらどうするんだい。」
「……。」
しかめ面で唇を噛みながらを地面を男は見ていた。反論ができないことがよほど悔しかったのだろう。細かく地面を刻むようにけり続けている。
「さあ帰った、帰った。これから別の大陸に航海に出る冒険家とか言うやつに海図を作るんだから。お前さんとは違ったしっかりした人だったよあの人は。」
そこまで言うとさっきと同じ様子で聞いていたが、もう諦めたのか来た道を戻っていった。
「絶対後悔するぞ。」
ぼそっと負け惜しみのように呟いていた。だが、聞こえないふりをして仕事場に戻った。最後にあいつを言い負かしたのは久しぶりにスッキリした気分になった。
「厄介なやつも帰ったし仕事を始めるか。」
その数年後、俺の海図を持った冒険家は水平線のその先の大陸へと行き、出た港と反対側から帰ってきたという報せがこの国を巡った。俺の下にもその報せが周ってきた。そして、それからこの国では、俺と今や先見の明を持つ大臣となったあの男とのやりとりは喜劇として、様々な形で多くの人に楽しまれている。
当然ながらそれからの日々はあの男には尊敬の眼差しが向けられ、俺には白い眼が向けられている。
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