第一話 秘密の煩悶

1/10

24人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

第一話 秘密の煩悶

「あなた、どうしたのよ、元気ないわね」 「なぜか動悸が激しいんだ」  妻は毎度のように私に(またが)り、まるで騾馬(らば)にでも調教するかのように私の肉体を激しく揺らす。 「動悸が激しいんだなんて、緊張しているの?あなたらしくもないわ。もしかして浮気でもしているの?そんなこと絶対に許さないから」 「浮気か…、浮気するにはお金が必要だ。そんな金はない」  ふとした忘却。昨日までの意気揚々とした大学での講義がまるで遠い過去のことのように思い出される。しかし、私は、自分が寄る年波には勝てぬことを意図的に忘れようとしている。このことを妻が知り、その(ひそ)みに(なら)えば、もはや私たち夫婦関係の終末は目に見えている。今宵も私は無理を承知で若ぶる。妻もそうなのだ。一人の男と一人の女として。   「浮気するのにお金なんて必要かしら?あなたは、そんなにモテないダメ男だったのかしら…」 「そうじゃない。お金のない浮気は怖いということだ。浮気が浮気で済めばいいが、本気になってしまったらどうするんだ?金の切れ目が縁の切れ目、それには道理があるんだ」 「あなた、その程度のお金は隠し持っているんでしょう?こんなときに動悸が激しいんだなんて、今まで一度もなかったわ。なにか隠しごとでもあるんでしょう?わたしを騙したら容赦しないから」  私は汗まみれで夢中になっている妻の顔に無理やりナオミの顔を重ねる。ナオミとの別れの予感を鎮めるためだ。だが、動悸は益々激しくなるようだ。あの愛くるしいナオミの面影を忘れることが出来ないでいる。どうしたら良いんだ。‥‥
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加