第一話 秘密の煩悶

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「へえー、旦那は大学の先生でしたか、それはそれは、お近づきになれて大変光栄ですわ。信じられないかもしれませんが、こんな俺にも昔、学生時代というものがありましてね、実は尊敬する教授が一人おりましたわ。今から思えば懐かしいですな、あの先生、とても質素な方でしたわ。レポートを提出するにしても、その提出用紙は、わら半紙に限定されておりましたわ。今もって信じられないですわ。ですが、その先生、とてもイケメンで見た目の印象は豊かな風貌で気品がありましてね、しかし、それが俺の人生を狂わせたんですわ。はっきり言って、俺はその先生に嫉妬したんですわ。俺は逆らうように金の盲者になってしまったんですわ。見てください、このロレックスの腕時計、幾らだと思いますか?へっへっへぇ…、俺の身の回りは何もかも、こんなんですわ。ですがね、心の中は常に空しいんですわ。夜ともなれば、この店に通うようになりましてね、それがその、ナオミという娘に出会いましてね、ああ、楽しかったですわ。あの娘の美しい真珠のような涙の瞳を見たときには、俺にはかつてなかった純な青春時代が初めてやって来たような思いにふけましたわ。それが、・・・・ 旦那、旦那、どうされたんですか?」 「ああ、動悸が激しんです。実は、自分から言うのもなんですが、私もそのようなタイプの教授なんです。でも、あのナオミに出会って、お金がない人生の惨めさを嫌というほど知らされましたわ。はっはっはっは....」 「そうですか、それはそれは、はっはっはっは…、それにしても(はかな)いものでしたなあ、きっと幻想だったんでしょうなあ…」 「ですが、最後のあの夜のキッスだけは、今も私の唇で躍動しているんですよ、たとえ、それが幻想であっても」                               
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