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第二話 二重の愛
この日の譲二のキッスは特別だった。だが、その後が違った。彼はそっと煙草を口にくわえ、火をつけて虚ろな眼差しで私を見つめた。その眼差しに、心持ち私は冒険したくなって、自分も煙草を口にくわえ、彼の煙草の先にくっ付けた。そして、口を細めて恐る恐る吸ってみた。煙が湧きたつように私の口の中で充満した。苦く、咽んでしまって、とても我慢できず、私は煙を彼の顔に吹きつけた。すると彼は突然喋り出した。
「だって仕方がないだろう。妻とは別れるわけにはいかんのだ。君との関係は妻も認めているんだ。それだけで十分じゃないか」
私は自分が莫迦にされたんだと思い、反駁した。
「意気地なし。それって、私たちの関係は、あなたのマンネリの結婚生活の息抜きということ?」
「まあ、見た目はそういうことだな。だが、君への愛は純粋なものなんだ。それに比べれば妻とは形だけの愛ということだ」
「そんなエゴ、私が納得するとでも思っているの?冗談じゃない。あなたは卑怯だわ。私は許さないから」
「だったら別れるか、もう終わりにするか」
「一度、奥様にお会いしたいわ。私のあなたへの気持ちを打ち明けるわ。そうしないことには気が済まない」
「駄目だ。それだけは...」
「どうしたのよ、悲しそうな顔をして。奥様、怖い方なの?私はなんともないわ」
「妻はずっと寝ているんだ。絶対安静になっているんだ」
「なんですって?奥さんは重体ということ?そんな、私はあなたを慰めるための女だったということ?」
「違うんだ。妻は喜んでいるんだ。僕にはわかるんだ。なぜなら、君のことをいつも妻に話しているんだ。妻は眠ってはいるが、意識だけはあるんだ。妻は僕と君との関係を応援しているんだよ」
「応援しているって?私とあなたとの関係は許された愛の関係ということ?」
「そういうことだ。だから、こうして続いているのだ」
「あなたとのキッスも何もかもが許されているなんて考えられない。嘘よ、嘘だわ。あなたは奥様の望み通りの愛のストリィーを私を相手に黙々と演じているだけだわ。その冷めた表情が何よりの証拠。奥様は...」
「妻がどうしたと言うんだ」
「奥様はきっとベッドの上で笑っているのよ。勝ち誇ったように笑っているわ。喜んでいるなんて、それはあなたを絶対的に支配し拘束しているという証なのよ」
「君、何をする気だ!」
「私も今から絶対安静になるから、いいこと、私と奥様と何方にするか決めて頂戴」
「おい、止めろ、止めないか!」
「この窓から飛び降りるわ。当たりどころが悪ければ死ぬかもしれない。そのときは悲しんで頂戴」
「止めなさい、僕が悪かった。悪かったよ。でも、僕はどうすればいいんだ」
「でもですって?そんなこと、決まっているわ。あなたに情熱があるのなら、私と一緒に、この窓から飛び降りるか、それが出来ないのなら奥様のもとに帰り、とことん愛し合えばいいのよ。奇跡を願い、一心不乱に何処までも愛し続けるのよ。愛って、そういうものだわ。どうなのよ」
「そうか、そんなに言うのなら妻の元に帰る」
「そんなことだろうと思った。莫迦々々しくてやってられないわ。さようなら、あなたって私には冷たい人。奥様、お大事ね」
「これからどうするんだ?」
「これからデイトなの。あなたは、これからも奥様の望みどおりの愛の物語を演じればよいのよ。奥様との固い契りを維持するためにね」
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