第二話 二重の愛

1/5

24人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

第二話 二重の愛

 この日の譲二のキッスは特別だった。だが、その後が違った。彼はそっと煙草を口にくわえ、火をつけて虚ろな眼差しで私を見つめた。その眼差しに、心持ち私は冒険したくなって、自分も煙草を口にくわえ、彼の煙草の先にくっ付けた。そして、口を細めて恐る恐る吸ってみた。煙が湧きたつように私の口の中で充満した。苦く、(むせ)んでしまって、とても我慢できず、私は煙を彼の顔に吹きつけた。すると彼は突然(しゃべ)り出した。 「だって仕方がないだろう。妻とは別れるわけにはいかんのだ。君との関係は妻も認めているんだ。それだけで十分じゃないか」  私は自分が莫迦にされたんだと思い、反駁(はんばく)した。 「意気地なし。それって、私たちの関係は、あなたのマンネリの結婚生活の息抜きということ?」 「まあ、見た目はそういうことだな。だが、君への愛は純粋なものなんだ。それに比べれば妻とは形だけの愛ということだ」 「そんなエゴ、私が納得するとでも思っているの?冗談じゃない。あなたは卑怯だわ。私は許さないから」 「だったら別れるか、もう終わりにするか」 「一度、奥様にお会いしたいわ。私のあなたへの気持ちを打ち明けるわ。そうしないことには気が済まない」 「駄目だ。それだけは...」 「どうしたのよ、悲しそうな顔をして。奥様、怖い方なの?私はなんともないわ」 「妻はずっと寝ているんだ。絶対安静になっているんだ」 「なんですって?奥さんは重体ということ?そんな、私はあなたを慰めるための女だったということ?」 「違うんだ。妻は喜んでいるんだ。僕にはわかるんだ。なぜなら、君のことをいつも妻に話しているんだ。妻は眠ってはいるが、意識だけはあるんだ。妻は僕と君との関係を応援しているんだよ」 「応援しているって?私とあなたとの関係は許された愛の関係ということ?」 「そういうことだ。だから、こうして続いているのだ」 「あなたとのキッスも何もかもが許されているなんて考えられない。嘘よ、嘘だわ。あなたは奥様の望み通りの愛のストリィーを私を相手に黙々と演じているだけだわ。その冷めた表情が何よりの証拠。奥様は...」 「妻がどうしたと言うんだ」 「奥様はきっとベッドの上で笑っているのよ。勝ち誇ったように笑っているわ。喜んでいるなんて、それはあなたを絶対的に支配し拘束しているという証なのよ」 「君、何をする気だ!」 「私も今から絶対安静になるから、いいこと、私と奥様と何方(どちら)にするか決めて頂戴」 「おい、止めろ、止めないか!」 「この窓から飛び降りるわ。当たりどころが悪ければ死ぬかもしれない。そのときは悲しんで頂戴」 「止めなさい、僕が悪かった。悪かったよ。でも、僕はどうすればいいんだ」 「でもですって?そんなこと、決まっているわ。あなたに情熱があるのなら、私と一緒に、この窓から飛び降りるか、それが出来ないのなら奥様のもとに帰り、とことん愛し合えばいいのよ。奇跡を願い、一心不乱に何処までも愛し続けるのよ。愛って、そういうものだわ。どうなのよ」 「そうか、そんなに言うのなら妻の元に帰る」 「そんなことだろうと思った。莫迦々々しくてやってられないわ。さようなら、あなたって私には冷たい人。奥様、お大事ね」 「これからどうするんだ?」 「これからデイトなの。あなたは、これからも奥様の望みどおりの愛の物語を演じればよいのよ。奥様との固い契りを維持するためにね」
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加