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「そんなにどぎつい声で言わないでくれないか、いっものナオミのままでいて欲しい」
「ナオミだと?俺の名前は康隆だぜ。あんたは知っていたのか?俺が女になる時の名前を」
「ずうっと前から知っていた。ナオミの喋る言葉は美しい。お願いだ、君は男だがナオミのままであって欲しい」
「ナオミの喋る言葉は美しいだと?あんな月並みな愛の言葉のどこが好いんだ。あの言葉の端々にはあんたに対する侮蔑と嘲笑の裏張りが組み込まれているんだ。それがわからんのか?あなたが好きよと、俺があんたに呟くとき、なにか不純で偽善的なものをあんたが感じはしないかと、正直言って、俺は怯えていたくらいなんだからな。もうこうした茶番劇は終わりだ。あんたは純粋に男の俺を愛するんだよ」
「君を愛するよ。但し、ナオミとして他の男に浮気なんかしないでくれないか」
「そんな陰鬱なことを言わないでくれ。だったらナオミになってやろうじゃないか。但し、女装はなしだぜ」
「それで構わない」
「ちょっと前だが、俺はナイトクラブでホステスのバイトしていたんだ。一人の中年の客が俺に惚れちゃってよう、その惚れようが尋常ではなかった。その客の純愛に対して俺は自分が詐欺師のように思うようになった。このままだとヤバいと思い、ホステスを辞めたんだ。だから、女としての演技をすることに抵抗があるんだ。だが、あんたのためにこれからもナオミの演技をしてやるよ。あんたへの侮蔑と嘲笑の裏張りが組み込まれた言葉でな。なぜなら、あの別れた客のことが今でも忘れられないからだ。その客の記憶を汚さないためにも、俺はあんたに対しては偽善的であらねばならんのよ。つまり、あんたとの関係は単なる浮気ということだ。第三者から見れば普通の男友達には見えるだろうが」
「僕との関係は単なる浮気なのか」
「そうだよ、男としての俺には」
「それで構わない。だが、その客の記憶を消滅させてやろうと思う。僕の記憶と置き換わるんだ」
「そうかい、面白いじゃないか。それでは50万、貸してくれないかな?」
あの客にも同じことを要求したが、金がないのを悔やんで涙ぐんでいた。この男はどう反応するのか?
「50万でいいのか?」
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