第四話 黄昏のLove Nest

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第四話 黄昏のLove Nest

 時計は23時を回っている。俺は鏡に映る自分の顔に見とれている。厚化粧をしっかり落したこの十人並みの老け顔の表情にどうしたことか溌溂とした雰囲気が漂っている。しかし、この鏡の中の世界は虚妄であり、溌溂としているのは、実はあれほど言い尽くされた記憶の中に存在する想い出だけなのだ。しかし、あの一途な譲二といい、あの偽者の俺に騙されている客といい、みんな俺の記憶の中で年老いていくのだろう。今は涙を捧げて、さようならと告げよう。ああ、ショパンのワルツでも聞こうか、第9番「告別」がいいだろう、こんな夜は。  なんだ?声が聞こえて来る。鏡の中から…、俺の過去が見える。縛られた過去が。いや、そうではない、譲二の、そして、あの客の愛の巣が見えているのだ。きっと冷え切った黄昏の愛の巣なのだ。 「あなた、まだ起きているの?明日は早いんでしょう。あら、どうしたの?その顔、いやだあ、化粧なんかして、どうしたの?」 「それは禁句だ」 「禁句だって、可笑しいでしょう。その化粧、まるで女みたいだわ。気でも狂ったの?」 「そうだよ、気が狂ったんだよ」 「よく見ると道化師みたい。可笑しくって吹き出しそう。あなた、ついでに真裸になって踊ったら?サンバの曲でも掛けましょうか」 「これからは夜には化粧をすることにした」 「あなた、もしかして女になるつもりなの?莫迦げている」 「深い意味はない。不可能なことがあるのなら可能にしたい、それだけのことだ。この顔、これまでの自分から決別する、その意思表示なのだ」 「あなた、いったい何があったの?」 「何もない。あと数分もすれば私は豹変するだろう」 「やめて、元のあなたに戻って…、お願い。いくら顔に化粧を施しても、あなたは女にはなれはしない。そんな偽りの人生の見取り図を取り繕っても無駄だわ。あなたは愛に飢えているだけなのよ。その作り物の顔はこの世の地獄だけを映しているのよ」
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