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「あの……これを海道佑さんに……」
そう言って受付の女性に包みを渡そうとしたとき、真っ正面から彼が姿を見せた。エレキベースを片手に下げるその姿に胸が激しく軋む。
「よ、悪いな。わざわざ来てもらってさ」
私が腕を引っ込めるタイミングを見失っていると、ひょいと包みを持ち上げた。手の甲にかさついた指先が触れる。
「もう帰るのか?」
三年の月日などなかったように彼は言った。最後に会ったときよりずいぶん頬が痩せて、見たことのないTシャツを着ていた。当然だ、服くらい買うだろう、けれど首から下げているネックレスは知っている。それは私が贈ったものーー
「今日はこれを返しにきただけだから……長い間ごめんなさい」
「急いでるのか?」
頭を下げている私の上から言葉が降ってきた。顔を上げると近いところに彼の顔があった。剃刀負けをしたあご、口元にあるほくろ、私は思わず目をそらす。
「急いでは……ないけど」
「そうか、じゃこっち来い」
返事をする前に彼は歩き出した。初めて会ったときと同じだ、どこかのバンドに所属してるのか、そうか、してないならこっち来いーー
磁石に引き寄せられるように私はあとをついて行った。
彼は自動販売機にコインを投入すると、何も聞かずに二回ボタンを押した。彼が好きなコーヒーと私が愛飲していたオレンジジュース、もしかしたら嫌いになっているかもしれないのにどうしてためらいなく差し出せるのだろう。
今でも飽きずに飲んでいることが悔しいやら嬉しいやらで、私はプルトップを引き上げた。
「ごめんね、長い間借りたままで」
「いいんだよ、俺だって忘れてたんだから。あの映画、最後まで見た?」
エレベーターホールにあるソファに腰かけ、私は曖昧にうなずいた。
「あ、途中まで見たけど寝ましたってとこだな」
隣に座った彼がいたずらっぽく言った。彼が笑っていたので、私も思わず笑ってしまった。
「どうしてわかるのかなあ」
「親父に見ろって言われて百回以上再生したけど、俺だってそもそもギタリストじゃないし良さなんて全然わからなかったからね」
「そうなの?」
「今ならわかるかな、悪魔と魂の契約をした男の気持ちがさ」
そう言って肩から下げていたベースの弦を弾いた。懐かしい振動が胸の奥底に広がっていく。
「音楽の道に……進んだの?」
「いいや、しがない公務員さ。母さんを安心させたいしね。万里は?」
「私は社畜まっしぐらです」
「あー社畜、似合うなあ。ぜんっぜん言うこと聞かないエセ社畜ね」
「うるさーい」
笑いながら彼の肩をこづくと、その手を取られた。身が焼け焦がれるほど好きだった切れ長の瞳が私を見ている。
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