終末世界の私の終末

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「古田先生。お電話です」 そこで思考が打ち切られた。 ふと横を見ると、同僚の長谷川先生がいた。 どうやら何度も私のことを呼んでいたようだ。 集中すると周りが見えなくなるのは私の悪癖だ。 「あ、すみません」 急いで固定電話のもとに向かう。 世界崩壊後、電子機器は希少となり内地では数が限られている。勿論その分前線に出回っているのだ。 「もしもし」 「古田琢郎先生ですね? お仕事中に申し訳ありません。魔道研究院のシモン・ロベールと申します」 男性の声がくっきりと受話器から聞こえた。 名前からしてフランス人だろうが、そうとは思えないほどに流暢な日本語だった。 とてもクリアな音質なのは、向こうが携帯電話を使用しているからだろう。 しかし私はそれよりも彼の所属の方が気にかかった。 「……魔術師の方が私になにか御用ですか?」 どうしても声が上ずってしまう。 もし、この前の健康診断で、私にも魔術因子が見つかったなら、私も今の職を奪われて前線で戦わなくてはならない。 せっかく今の、肉体労働をしなくても戦わなくてもよいという丁度いいポジションに収まっているというのに。 「ここからの話は内密にお願いしたいのですが────斉川マコトが逃走しました」 「────は?」 安堵よりも驚きが勝る、とはこのことを言うのだろう。 彼は何を言っているのだろう。斉川はついさっきそちらに連れていかれたばかりではないか。 私は動揺を隠せず、必要以上に小さな声で尋ねた。 「斉川がに、逃げ出したのですか? なんで、いやどうやって……」 「……身内の不始末ですが、彼女に制御用の腕輪を付けようとした時に、想定以上の力で抵抗されましてね。 大人の魔術師三人が倒されました 」 「なっ…………!?」 馬鹿な。あの斉川が? 私が知っている現実と彼の言っていることがあまりにも乖離しすぎていて、頭の中で混じりあってくれない。 制御用の腕輪。私が知っている情報では、まだ魔力の運用が不安定な子どもに付けることで、その安定化を図るものだったはずだが……。 「……それで、私に何をして欲しいんですか?」 わざわざ一介の教師に魔術師が電話をすることなど普通なら有り得ない。校長にならまだ理解できるが。 「察しが良くて助かります。貴方には斉川マコトの捜索を手伝っていただきたいのです」 「私が……ですか?」 「ええ。かれこれ二時間ほど捜しているのですが、彼女、どうやっても見つからないんですよね。貴方なら斉川に信用されているでしょうし、彼女がどこにいるか心当たりもあるでしょう。担任の教師である貴方こそが適任だと思いましてね」 理路整然と受話器の向こう側で話す男の言い分は真っ当そうだった。たった一点を除いては。 「……危険は無いんですか?」 残念ながら私は教師である前に、一人の臆病な人間だ。これだけは聞いておかなければならない。 「『 無い』とは保証できかねますね。先ほど申し上げた通り、三人の魔術師が倒されているわけですしね。ですが、成功した暁には十分なお礼はさせていただきますよ」 「…………」 この男は重要なことを隠している。 成功したら、という文言は失敗した場合にどうなるかを隠すために使っているようにしか思えない。 これまでの話を信じるなら、斉川は訓練無しに三人の魔術師を倒すほどの逸材だ。 これを逃す手は彼らには無いはずだ。 「……わかりました。 幼年学校の付近を調べればいいんですね?」 承諾した直後に、全く関係の無い話を思い出してしまう。 ──あくまで噂の範疇だが、魔術師は全員、洗脳の技術を持っているらしい。 もしそれが本当だとしたら……ここでしくじれば明日はないのかもしれない。身体も心も。 「ええ、そうです。見つけたら私に連絡してください。軍の携帯電話を渡しておきますから」 そこでタイミングを見計らったかのように、窓が開き、冷たい北風と共に一匹の梟が舞い降りた。 ほー、と鳴くと、足の爪でがっちりと掴んでいた小包を地面において、また羽ばたいていった。 急いで窓を閉めて、小包を確かめる。 中身は初めて見るデバイスだった。 頑丈そうなボディの上半分がディスプレイ、下半分に沢山ボタンがついている。 見たことの無いタイプだ。 彼の手際の良さに否応がなく悪寒が走る。 「あの……使い方がわからないんですけど……」 携帯電話に触れるのは、六歳の時、母が使っていたのを触らせてもらったとき以来だ。 「いえ、何も難しいことはありません。ただ左上にある通話ボタンを2回押して頂ければ私に繋がります。質問は他にありませんか?」 「……いえ、大丈夫です」 「そうですか。では」 通話が切れてプー、プー、プーという規則的な音が受話器から聞こえてくる。 私は雪の降る夕暮れの外を見ながら、彼女のことを考えた。きっと寒さに震えていることだろう。早く見つけてやらねばならない。 私は鍵入れの中にある鍵束を無断で拝借した。 事情を説明すれば、反省文だけで済むだろう。 命に比べれば安いものだ。
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