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「ただいまー」 実家でするただいまよりこっちの方が落ち着くようになった。でもおかえりの返事はない。靴はあるからたぶん妻は眠っているのだろう。夕方5時過ぎ、テレビでは笑点をやっているころ。そういえばこのくらいの時間に母もよくうたた寝をしていた。 手に持っていた保冷バッグの中身を取り出し冷蔵庫に入れていく。自家製のピクルスとフルーツゼリー。それと牛すじのカレー。どれも妻が実家にやって来た時に褒めたものだ。特に牛すじと牛乳のたっぷり入った牛々しいカレーはとても気に入ったようで一度僕もリクエストされた。 しかしレシピを聞いて再現を試みたがどうにも上手くいかずそれ以降作っていない。やはりレシピを真似ただけではおふくろの味というものは作れないらしい。まぁ分量も煮込み時間もなんとなくだと言うのだから当然なのだが。 貰ってきた食料を冷蔵庫に入れ終え、炊飯器を確認するとちゃんと洗ってある。妻は料理のほうは全くと言っていいほどやらないが、洗い物だけはいやに積極的だ。頭の休憩にちょうどいいからだと本人は言うが、僕は勝手に僕に対する労いなのだと思っている。 晩飯はカレーとピクルスとあとはスープでもあればよさそうなので部屋着に着替えるため寝室のドアを開ける。除湿の利いた部屋では妻が僕のベッドで丸まり気持ちよさそうに眠っている。 あぁやっぱり寝ていたのか。寝室にはシングルとダブルのベッドがあり一応シングルが妻用なのだが、僕が寝ているダブルに妻が入り込むこともあるし、今みたいに占拠されてしまうこともある。 こういう時、僕は妻のベッドを使うことになるのだが、いくら夫といえども男が自分のベッドで寝るのは臭いとか普通嫌なんじゃないかとつい思ってしまう。僕としては全然構わないのだけれど。 出会ったその日にホテルに連れ込まれた時は妻のことを美人局だと思った。女子の方から声をかけてくるほどの容姿じゃないことは自分でよく分かっている。 だからホテルでなにも起こらなかった時は安心半分驚き半分だった。その後も妻は毎週のように僕を遊びに誘ってきたので、いつか謎の壺とか英会話の教材が出て来るもんだと思いながら遊んでいた。 しかし、特にそのようなこともなければ恋人になるような雰囲気もなく一年が経過した。 そんなある日妻が自分の家でお酒を飲まないかと誘ってきた。僕も妻もほとんどお酒を飲まないのに一体どういうことだろうと考えながら家に付いていった結果そのまま襲われた。もうそういう関係にはならないものだと思っていたから戸惑った。でもその時の妻の言葉はよく覚えている。 「私たちはあくまでもセックスするくらい仲の良い友達で、それは恋人でもなければセックスフレンドなどでもない。買い物とか映画とか遊びの選択肢の中にセックスが含まれているだけ。だから恋人が出来たらそちらを優先して構わない。ただ、友達なのだから時間がある時は一緒にいたいしいてほしい」 この奇妙な関係を僕は受け入れた。そしていま現在は妻曰く『婚姻届を一緒に出すくらい仲の良い友達』なのだそうだ。僕はこの関係をとても気に入っている。 着替えを終えて寝室を後にする。忘れていた手洗いとうがいをすませると夕食の準備に取り掛かる。料理が出来ればたぶん妻が起きてくる。そんな気がしていた。
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