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早番の日の妻は僕の帰宅時間にはだいたい眠っている。ベッドでパジャマで化粧を落として準備万端といった感じで。妻がどんな仕事をしているのか実はよく分かっていない。以前それとなく尋ねた時は小学生相手のコールガールだと教えてくれた。 「ママが選んだ子は乳首が黒いから嫌だ」とか「うちの子はタトゥーNGなんでチェンジお願い出来ますか?」とかそういう会話がこの国のどこかでなされていたりするのだろうか。 もちろんそんなわけないのだけれど、給湯室で上司の悪口を言っているよりは小学生に性的なサービスをしている方が妻に似合っているような気がする。そういえば以前見覚えのない派手な下着を朝からつけていたことがあった。健全な青少年へのサービスだと本人は言っていたが、ジーンズの中に派手な下着を穿いて一体どんなサービスが出来るのだろうか。気になる。 そんなくだらないことを考えているうちにサラダうどんとお味噌汁が出来上がる。両方合わせて野菜味噌煮込みうどんでも良かった気もするが夏なのでまぁいいだろう。 サラダうどんを両手に持って食卓に向かうと眠っていたはずの妻がパジャマ姿でいつも通り座っている。「おいしそー」とつぶやくその姿はなんだか小学生くらいに見えてハンバーグとかエビフライみたいなものを作ればよかったなと思ったりする。 でも妻はサバの味噌煮も焼きナスもパッタイも好き嫌いなく喜んで食べてくれる。嫌いな食べ物はないのかと聞くと、残すのが面倒だから無くなったとよく分からない答え。振る舞う側としては助かるが。 お箸とお味噌汁を食卓に置くとCDプレイヤーに今日の一曲をセットする。オーティス・レディングの「I've Been Loving You Too Long」。たまたま安く売ってたどこかのライブ音源。 歓声があふれオーティスの熱く猛々しい歌声が流れ出し僕も席に着く。結婚した当初はテレビを見ながら食事をしていたが、どうにも妻とニュースやバラエティ番組は相性が悪かった。そんなある日、いたずらに「ボレロ」を流してみたところいたく好評で、それ以来我が家の夕食では庶民的な料理の時は壮大な曲を、お洒落な料理の時は庶民的な曲を流している。ハヤシライスを出して遠藤賢司の「カレーライス」を流した時は少し呆れられた。 二人で手を合わせ「いただきます」をする。二人での食事の良いところはいただきますが気兼ねなく言えることだ。一人だとなんだか恥ずかしかったり気負ってしまったりでなかなか上手くいかない。食べている途中に言い忘れたような気がして途中でこっそりもう一度言ったりすることもある。カギを掛け忘れたような気がして家に戻るのと似ている。いただきますは言わなくても空き巣には入られないけれども。 「同窓会今週だっけ?」 一通り味の感想を言い終えたあと妻が話題を振ってくる。 「そう。中学のね」 「そのまま実家泊まるんでしょ?」 「いや、普通に帰って来るよ。電車で一本だし」 「えーせっかくだしゆっくりしてきなよ。親孝行もしないと」 「親孝行ねぇ……まぁ気が向いたら」 別に実家に帰りたくない訳ではないのだけれど、結婚してから親の前で子供として振る舞うのがなんだか恥ずかしくなってしまい、どうにも上手く会話が出来ない。これはあるあるなのだろうか。 「あ、そうだ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 妻の声のトーンが少し変わる。 「なに?」 「最近の小学生ってさ動画配信とかって普通にやるの?」 「ん? まぁ普通にやってる子はいるよ。あこがれの職業にユーチューバーが入るくらいだし」 「配信ってそんな簡単に出来るもんなの?」 「カメラでライブ配信するだけならスマホとかタブレットがあれば簡単に出来るね」 「ライブ配信って生放送みたいなことだよね?」 「そうそう。サイトに登録すればボタン一つで出来たりする。動画を撮って投稿するよりずっと手軽だし視聴者も集まりやすいからハードルは低いね」 「素人でも視聴者集まるの?」 「路上ライブに人が集まるのと似たような感じかなぁ。音楽は興味なくても遠くでなんとなく見る分には面白い」 「あーそういう見世物的な」 「一番大事なのは顔だね」 「顔ね。確かにそれは分かる」 「あとはライブ配信ならではのハプニングとか」 「……あ、ポロリね」 「それだけじゃないけどまぁそういうの」 「ねぇあとでそのサイトとか見せて」 「いいよ」 妻が突然なにかに興味を持ち始めるのは珍しいことじゃない。むしろ基本姿勢と言ってもいい。恐らく僕も元々は妻の興味対象だったのだろう。今はどうか知らない。嫌われてはいないはず。 夕食を終えた後、妻を僕の仕事部屋に迎え入れる。普段の妻は滅多にこの部屋へ入って来ない。子供の頃に父が一人で致しているところをうっかり見て以来、男の仕事部屋とはそういう部屋でもあるのだから女は気安く立ち入ってはならないのだと強く誓っているらしい。そう決めつけられるのはなんだか釈然としないが、まぁ実際にそうなのだからしょうがない。なによりとても助かっている。 「まずライブ配信サービスと言っても結構沢山あって、場所によって客層が違う」 「うん」 メモ帳片手に妻が頷く。 「客層の違いは簡単に言えば運営している会社の違い。ほとんどは上場しているような大企業が運営しているネットサービスの一つに配信があってそのサービスが漫画やアニメに強ければオタクが集まるし、普通の若い人が使っているサービスの会社なら普通の若い人が集まる」 「あ、そうなんだ」 「元々は違ったんだけどね。ライブ配信はサーバー代もかかるし、やっぱり知名度のあるところにお客さんは集まるしで小さな会社じゃ太刀打ちできない」 「へー。でも大企業が運営してるなら気軽にライブ配信する人が多いのもなんとなく分かる。名前で安全を判断する人多いし」 「まーね。実際に注意しなきゃいけないのは別のことなんだけども」 パソコンの画面を大手ライブ配信サイトに切り替える。新着の放送の中から顔出しの女の子をクリックする。 「わ、なんか早口で呪文のようなこと口走ってる」 妻が怪訝な顔で画面の中のホワイトが強めな女の子を見つめる。 「初めて見る人に対して『初見さんいらっしゃい。ゆっくりしていってね』って言ってるんだよ」 「こんな早口になってまで言わなきゃいけないもんなの?」 「配信黎明期からある定番挨拶だからねぇ。今は普通の人はあんまり言わないけど」 「というかこの人コメント読んで反応してるだけじゃね?」 「そうだよ。基本的にライブ配信って一人対多数のチャットみたいなのが多いから。リクエストがあれば歌ったり踊ったりする人もいる」 「脱いだりは?」 「ん?」 「ほらおっぱい出してとかパンツ見せてみたいな」 「あぁ、このサイトでは出せないよ」 「そうなの?」 「うん。出せるとこもないことはないけど、ライブ配信というよりもライブチャットって感じのとこが多いかな」 「なにが違うの?」 「んー……動画投稿とかあるいはテレビに近いのがライブ配信。エロチャットとかダイヤルQ2の延長線上にあるのがライブチャットかな」 「ダイヤルQ2?」 「あー電話をかけるとエロい会話が出来たり聞けたりするサービス。俺らが小学生くらいの頃かな」 「なんで知ってんのさ」 「いや、使ったことはないよ。あくまで知識としてね」 「ほんとー? ちょっと今やってみようよ」 「いや、もうサービス終了してるから」 「なーんだ残念」 本当に残念そうな顔をする。妻は僕の思春期の性にまつわるエピソード(下着のカタログを親に隠し持っていた話や女性用アダルトグッズのレビューを読み漁っていた話など)をいたく気に入っている。そして僕はその手の話題の豊富さに関してはちょっとばかり自信があるし、今もなお増え続けている。 「じゃあさ、そのエロいやつもちょっと見せて」 「え? あぁうん」 検索バーに『ライブチャット エロ』と打ち込み一番上に出て来たサイトをクリックする。ピンク色の年齢確認の後に待機中の女の子の写真が沢山表示される。その中の一人をクリックすると20代前半とおぼしき女性がドンキで売ってそうなペラペラの制服姿で画面に手を振っている。 「わー手振ってる」 言いながら小さく手を振り返す妻。 「こっちは見えてないよ」 「あぁそっか。タイミングよく振られると自分に振ってくれてるみたい」 「彼女たちは仕事でやってるから。多分マニュアルみたいなのがあるんだと思う」 「へー。あ、声は聞こえないんだね」 「お金払ってチャット画面に移行したら聞こえるはず。他の人がチャットを始めるとこの画面は見られなくなる」 「あ、だから服着てるんだ。おっぱいはお金払った人だけ」 「見られるとこもあるけどね」 「あ、そうなの。じゃあそっち行こう」 「あ、うん」 検索画面に戻り別のサイトをクリックする。 「ここは一応ライブ配信のサイトなんだけど、アダルトOKだから無法地帯って感じになってる」 「へー」 配信中の放送を人気順に並び替え、一番上のやたらにホワイトが強めな女の子をクリックする。画面には性器にバイブを突っ込んだ下半身が表示され、スピーカーから喘ぎ声が響き渡る。 「うわ、なにこれ。完全にAVじゃん」 妻が笑いながら画面を見つめる。 「一応『具』は見せると捕まるらしいよ。逮捕者も出てるし」 「へー。これ無料?」 「うん。有料だとマスクを外したり、もっと過激なことするらしい」 「顔出しちゃうんだ」 「そっちの方がお金稼げるから」 「あぁ、この人はプロ?」 「一応素人ってことなっているけど実際にはどうだろうね。なかには本当に企業が関わってない素人もいるのかもしれないけど」 「へー。あ、視聴者1200人だって。1200人がこれを見て世界中で致してるわけだ」 なんだか妻のテンションが上がっている。1200人だと県内一の生徒数を誇る学校くらいか。そう考えると確かにとんでもない数だ。渋谷のスクランブル交差点で裸をさらすのと大差ないのだけれど恐らく本人にその自覚はないだろう。 「ねぇこれって幾らくらい稼げるの?」 「ん? どうだろう。人気次第だろうけど稼いでる人はちょっとAV出るよりはよっぽど稼いでるだろうね」 「ちなみに全年齢向けのサイトで、雇われじゃなくて個人でお金って稼げたりするの?」 「場所にもよるけどお金やそれに近いポイントとかは稼げるね」 「例えば未成年がおっぱい見せてお金稼いだらどうなるの?」 「えーと、見せた本人と場合によってはサイト側の人が捕まるんじゃないかな」 「でも未成年かどうかなんて外見じゃ分からないよね」 「うん。だから普通に考えると脱いだら全部配信停止にするし、脱いでいるサイトは年齢確認が取れているはずなんだよね。あくまで普通に考えるとね」 「それは男の子もだよね」 「もちろん」 僕の話を逐一メモ帳に書き込む妻。一体そのメモをなにに役立てるのだろうか。小学生男子とのプレイを配信する予定でもあるのなら是非教えておいてほしい。 「うん、なんとなく仕組みは分かったから後は自分で見ながら調べてみるよ。ありがとね」 「あ、ちなみに学生なんかはほとんどがスマホのアプリで配信してるから探すならスマホの方が良いかも」 「分かった。あ、それとさ、今日何日だっけ?」 「え? 16かな」 「じゅうろくかぁ。残念でした」 妻が笑いながら去っていく。部屋の中には相変わらず女の嘘くさい喘ぎ声が響き渡っている。さて、どうしたものか。
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