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本日も朝から将棋の勉強に勤しむ。初見さんがいらっしゃったので指名が無ければ私が赴こうと思っていたのだが、どうやら働く奥様方の横のつながりというものはなかなか強いようで、別の人が向かうことになった。まぁ原因は私にあるのだから仕方ない。
「おつかれ」
「あ、お疲れ様です」
朝一で銀行に出かけていた店長が戻ってきた。禿げた頭に浮かんだ汗をハンカチで拭う姿はなんとも昭和的だ。
「昨日の件だけどどうだった?」
「あ、はい。色々と聞いてきました」
昨日の夜、腰振り喘ぎ女を見たあと自分でもアプリをいくつかダウンロードして見回ってみた。結果としては配信をやっている小学生もいないことはないが、日本全国の小学生の人数を考えればごくごく僅かな人数だろうという印象だった。
おそらくやってみたいという子供はいるのだろうが、スマホやタブレットを完全に自由に使わせてもらえる子供はまだそんなに多くないし、ネット上とはいえ知らない誰かと交流するというのはやはり小学生には勇気のいる行動だろう。
関西弁の配信者が多かったのもなんとなく納得できる。小学生の配信は親の同意が必要というところもあったが、年齢を偽れば簡単に突破できる。そんな話を昨日の夫の説明と混ぜながら実際にアプリを見せたりして説明する。もちろんアダルトな部分は除いて。
「つまり現時点ではそこまで問題視する必要はないってことかな」
「そうですねぇ。ただ、私たちも最低限の知識くらいは入れておかないとマズいかもですね。頭ごなしにやっちゃダメなんて言うだけなら私たち必要ないですし」
「そうだね。講習会くらいは開いた方が良いかもね。インターネットは怖いとこだし」
インターネットが怖いという感覚は果たして今の十代にあるのだろうか。ないことはないのだろうが、それはどこか他人事のような気もする。まぁ私だって理解した気になっているだけかもしれないけど。
「あとは、ライブ配信をやりたがる子にはネットが得意な人をつけたり、必ず親とちゃんと話し合ってからやるようにするとかですかね。勝手にやって後で問題になっても困りますし」
うっかり自虐みたいなことを口走ってしまった。でも店長はそれには気づかずうんうんと言葉を反芻している。
「なるほどありがとう。参考にさせてもらうよ。そうだ、旦那さんにもなにかお礼をしないと」
「あ、いえ、日常会話の流れで聞いただけなんで」
「旦那さんコーヒーとか好き?」
「え? たぶん。よく飲んでます」
「そう。じゃあこれを」
そう言って店長が机の引き出しから包装のしっかりとしたコーヒー豆を取り出す。それを見てあ、と思わず口からこぼれる。そんな私を見て「しまった」という顔を浮かべる店長。
その豆は正樹くんの家に謝罪に行ったときに受け取ってもらえなかった品物だ。以前正樹くんママからコーヒーが好きだと聞いていた私が提案したが、コーヒー飲まないんでとキッパリ断られそのまま行方不明となっていたがこんなところにあったのか。
「わーこのコーヒー豆凄く良いやつっぽいですね。貰っちゃって良いんですか」
「あ、うん、そう。今回は凄くお世話になったし、今後たとえば講習会を開くってなったときにまた旦那さんにお願いするかもしれないからね」
「ありがとうございます。主人も喜ぶと思います」
「よろしく伝えておいてね」
「はい」
ニコニコ笑顔で話を切り上げ自分の席に戻る。店長は間が悪いけど空気の読める人でよかった。コーヒー豆をしばし眺めカバンにしまう。まさか自分のところにやってくるとは。だったらカルピスギフトにでもしておくんだった。
というかコーヒー豆って。謝罪の相手を間違えているよな。でもたぶん心のどこかであの時の私は正樹くんに謝りたくなかったのだろう。相手が子供だからではなく、子供だからこそ上辺だけの謝罪はしたくなかった。まぁ最終的にはしたんだけどさ。私は大人だから。
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