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20代の夫婦が杉並区や世田谷区に3LDKのマンションを借りるのは贅沢だ。部屋を1つ減らすか、築年数を30増やすか、隣にヤクザを住ませるか、幽霊と同居するくらいのことをしなければ収入の三分の一という家賃の目安を越えてしまう。 しかし私たちは問題なく3LDKに住んでいる。理由は単純で、私の勤めている会社はある特定の条件を満たせば住宅手当がたくさん貰えるからだ。 入会金を払って保護者代行サービスを利用している人の多くが子供の急病に備えている。店側としても定員オーバーは絶対に出すことは出来ないが、かといって普段から大量に従業員を雇っていては採算が合わない。 そこで複数の店舗へ一時間以内にヘルプで出社できるような地域に限り住宅手当が多めに支給されている。インフルエンザの時期なんかだと一日に三店舗を回ったりすることもあり少々大変だが、その代わり夏休みなどは比較的のんびりと出来るので悪くはない。 夫は自分の仕事部屋は無くても問題ないから2LDKでも良いと言ってくれたが、毎日セックスできる訳でもないのだからお互いに部屋はあった方が良いと断った。 表向きには夫婦といえども個人の時間は大事だとかなんとか言った気がする。結果として食後の数時間はなんとなく暗黙の了解で別々に過ごすことが多くなった。 パソコンの画面には白のキャミソール一枚で楽しげに語る小学六年生の姿が映し出されている。名前はあゆちゃん。視聴者数300人を超える人気配信者だ。昨日いくつかのサイトを見回っている時に発見した。 彼女の人気の理由は饒舌なトークでも、キュートな顔でもなく、小学六年生らしい少しだけ膨らんだ乳房がキャミソールの隙間からちらちらと見えそうで見えない所だ。 いや、もしかしたら私に理解できないだけで別の特別な魅力があるのかもしれないが、少なくとも私はわざわざスマホではなくパソコンの大画面に表示するくらいには乳首目当てだ。 最初にあゆちゃんの配信を見た時はだらしない感じの子だなと思った。うっかりすると乳首やパンツが見えてしまいそうで、コメント欄も「前かがみになって」とか「足の裏見せて」みたいなポロリやパンチラを期待するような指示が多かった。 なんとなくこの後どうなるのかが気になって見続けていると、そのうち「胸元気を付けて」とか「ロリコン注意」みたいなPTAのようなコメントも増えてきた。しかしあゆちゃんは相変わらずキャミソールとショートパンツでの配信を止めようとはしない。 彼女は小学六年生でありながら自分に性的な価値がある事に気付いている。私の子供時代ですらすでに幾度となく変質者に対しての注意喚起がなされていたのだから、今の小学生がロリコンを認識していたとしてもなんら不思議ではない。 昨日本部から貰ったメールの子は恐らくやり過ぎてしまったのだろう。確かに普段見えないものや見えそうで見えないものというのは見たくなる。 でもまさか自分が小学生の乳首を心待ちにするとは思いもしなかった。あゆちゃんの身を案じるコメントは疎ましく思えてくるし、彼女がキャミソールを直すとなんだかがっかりした気持ちになる。 はっきり言ってしまうと乳首だろうが性器だろうが小学生なら男女関係なく仕事でいくらでも見る機会はあるしなんなら触ることだってある。看病代行をする以上当然だしそこで興奮したりすることはない。 たぶんあゆちゃんの放送は私にとってはエンターテイメントなのだ。乳首やパンツがみたいロリコンとそれを守ろうとする常識人たち。そしてそれをもてあそぶ小学六年生。私はこの構図を楽しみ始めている。 夫の話によれば乳首が映ったら放送終了だ。それがいつやってくるのか、出来ればこの目で見たい。でも実際にその瞬間がやってくるかどうかは分からない。画面の中は現実で、でもやっぱりそれはどこか非現実で他人事でエンタメで、だからこそ釘付けになってしまう。 夕食の時にあゆちゃんについて夫に話そうかと思ったが止めた。たぶん夫はこの遊び方を既に楽しんでいる。いやもしかしたら今流れてきた「ストレッチやって」というコメントが夫の可能性すらある。昨日もエロい方のサイトをわざわざ検索して表示していたが、ログイン状態になっていることを私は見逃さなかった。 別に見ていること自体は全然構わない。ただ、本人がばれてないと思っているならそのままにしておいた方が絶対に楽しい。だからあゆちゃんについてはもう少し寝かせておくことにする。 放送枠の一時間が終わりあゆちゃんが手を振っている絵で配信が止まる。今日も無事何も起こらなかった。 画面を切り替え別の配信をいくつか見る。ジャニーズが好きな女子高生、缶チューハイ片手に昔の恋愛について語るシングルマザー、ずっと画面が真っ暗なお風呂配信、ファンとコメントで戯れる自称地下アイドル、無表情で画面を見つめるだけの女、すっぴんなのに美人と言われたいがためのすっぴん配信。 様々な人間が様々な目的で配信をしている。でもそのほとんどが女だ。動画投稿で大金持ちみたいな人は男が多い気がするけどなんでだろう。承認欲求の差か、視聴者数の違いか。あとで夫に訊いてみよう。 パソコンを消してリビングに向かうとちょうど夫がアイスコーヒーを牛乳で割っているところだった。私は店長に貰ったコーヒー豆のことを思い出し鞄から取り出す。 「これ、うちの店長からお礼」 「ん? なんの」 「昨日訊いたやつ」 「あぁ、仕事のことだったんだ」 「言ってなかったっけ?」 「言ってないよ」 「そっか。まぁまぁ、高い豆だからありがたく受け取りなさいな」 「へぇ。でも俺、豆からコーヒー入れた事ないよ」 「そうなの?」 「ずっとインスタントかペットボトル」 「こだわりとかないの?」 「インスタントの中ではちゃんとこだわってるよ? 値段とか」 「あー」 そうだった夫はこういう人間だった。別にこれはけち臭いとかではない。限定された条件で良いものを選ぶのが好きなのだ。私は勝手に優柔不断の極地だと思っている。 「まぁせっかく貰ったんだからありがたくいただくよ」 「うん。あ、店長がもしかしたらお仕事としてちゃんとお願いするかもしれないってさ」 「ん? なにを?」 「ライブ配信等についての講習とか」 「仕事でやるの?」 「まだ分かんないけど、こう、危険性とかについては知っておいた方が良いだろうって」 「へー。でもおれ別に専門家じゃないからなぁ」 「素人から見たら十分だよ。コンサルタントって名前のつくものって大体そんな感じでしょ」 「酷い偏見。まぁでもそれもそうか」 「だからその時はよろしくね」 「ん。あ、でももしかしたらダメかも」 「なんで?」 「俺近いうちに仕事辞める……かも」 なぜか少し照れくさそうに笑う夫。先輩に告白する女子高生か。
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