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事故の影響か時間の関係か、土曜夕暮れ時の小田急線は満員電車とは呼べないまでも新聞が読めない程度には混雑していた。
しかしこんな車内でもみんなスマホで芸能人の不倫に苦言を呈したり、三日で忘れる肩こりのほぐし方を学んだりしている。僕も本当はヤクルト中日の最下位争いの試合経過を見たいのだが、スマホのある右ポケットの近くに若い女性の尻があるためそれが出来ない。
仕方がないので近くにある広告に目を向ける。『40代の働き方改革 10万部突破』『事前登録受付中 今なら無料でSSRが貰える』『2016年 ○○中学入試問題』『一度英語を諦めた人のための英会話』『3万社があなたのことを待っている!』
昨日妻に仕事を辞めるかもしれないと話した。いや、あれは話したというよりも口からこぼれたというほうが正しい。
だから妻が「なんかあったの?」と否定も肯定も含まない調子の言葉をくれたのに上手く返すことが出来ず「詳しくは今度話すよ」とだけ言って寝室に逃げ込んでしまった。
おかげで今朝はせっかく二人そろって休みだというのになんとも微妙な空気になり、用事があると言って昼過ぎにそそくさと逃げて来てしまった。
退職をほのめかしたまま家を出るのはなんだかあらぬ誤解を与えてしまいそうだ。なにかお詫びになるようなものでも買って帰ろう。
窓の外にかつらの看板が見える。確かテレビ局に出入りしている有名な会社だ。大学生の頃に気になって一度調べた事がある。あれが見えたらあとは多摩川を渡るだけ。
もう少ししたら川沿いのラブホテルが見えてくる。同窓会のあとに誰か利用したりするのだろうか。30間近ではもうそれはないのか、30間際だからこそなのか。世間的にどうなのか全然分からない。でもたぶん、同窓会で一組くらいはくっついたりするんだろうな。
駅に到着すると乗客の流れに身を任せ車両から降り、エスカレーターをくだり改札を出る。タクシー乗り場の近くには既にそれらしい人だかりが出来ている。
ちらりと顔ぶれを見るが知っているような知らないようななんともいえない感じだ。きっと目線があった何人かも僕に対して同じことを思っているだろう。そもそも8クラスあったなかで3クラスだけ合同というなんとも中途半端な同窓会だ。誰が来ていて誰がいないのか見当もつかない。
もしかしたら僕みたいなタイプは来ない方の同窓会かもしれない。だとしたら気まずいな。陰で「あいつなんで来てるの?」なんて言われたりするのだろう。まぁそれなら笑い話にでもすればいい。話す相手には困っていない。
「うわー久しぶりじゃーん」
目線があったうちの一人がこちらに気付き話しかけてくる。まだ海開きもほどほどなのにすでに肌が小麦色に焼けている。僕とは違う国で生活しているのだろう。
「……平松?」
「あたりー。分かった?」
「声とか喋り方で分かった。それよりそっちこそよく分かったね」
「だって全然変わってないし」
「あ、そうなの?」
「うん」
まぁ自分で意図して見かけを変えようともしていないしそんなもんか。身長は伸びたけど体重との比率もそこまで変わってないし。
「今日って誰来るか知ってる?」
「前回と同じ感じじゃない?」
「前回あったんだ」
「あ、でもその時は4組だけだったから今回はずっと多いかも」
「まぁ既に20人くらいいるっぽいしね」
「前回は男子だと宇都宮とか中村裕二とか来てたよ」
「へー」
あぁやっぱり中学時代に全盛期を迎えた人々の集まりだ。きっと担任の先生とかは呼ばれていない。こういうことはちゃんと招待状に書いておいて欲しい。ドレスコードなし、カースト制限あり。
「あとね、三谷が来てたよ」
「え? マジ?」
「まじまじ」
「へー。すげー意外」
「あたしも思った。なんかたまたま中村裕二が地元で会ったから誘ったんだって」
「あ、そういう感じ。つーかまだ地元にいるんだ」
「みたいよ。どっかでバイトしてるって言ってた」
同窓会に呼ばれていったら仲の良いやつはいないし、おまけにいい歳してバイト生活だと吐かされるのか。なかなかにキツイな。おそらく三谷は今日来ないだろう。
「あ、きゃんちゃんだ!」
平松が別の仲が良かった女子を見つけたらしく僕はまた一人に戻る。でもまぁ前回の三谷に比べたら今回の方が幾分マシだ。会計が先払いならテキトーなタイミングで抜け出せばいい。この人数なら誰にもバレることはないだろう。パーティを抜け出そう。一人で。
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