第三章【桜柄のハンカチ】

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「アカンやろ、勝手に部外者を入れたら! しかも情報をペラペラ喋って!」  駆け寄ってきた男の剣幕に、女性鑑識員は身体を一回り小さく萎縮させる。 「ちょっと待ってよ、この子は悪くないわ!」夏帆が声を上げる。「私の質問に答えてくれただけじゃない。どこが悪いのよ」 「そら、アカンやろ。どこの誰か解らん奴に捜査情報をペラペラ喋ったら。あんたも、勝手に入ってきたらアカン!」 「誰も止めなかったわよ? でもそれって、そっちの現場のセキュリティの問題じゃない?」 「何やと――で、あんた、誰や?」 「あたしは警視庁捜査一課の西岡夏帆よ! あんたこそ誰よ」 「警視庁――?」男の怒りの表情に、困惑が混じる。「わしは京都府警捜査一課の高橋や。なんで、警視庁の刑事がこんなところにいるんや?」 「殺されたのは内藤和磨でしょ? 彼の妻が昨日、他殺体で見つかったの。その捜査よ」 「何やって――? ホンマか?」 「ホントに決まってるでしょ! 現場で嘘なんかつかないわよ!」  夏帆は言うと、高橋を無視して、物証が並べられた簡易テーブルに移動する。凶器の包丁の他、被害者のものと思われる財布、スマートフォン、そして、桜柄のハンカチ。 「これは?」  夏帆がハンカチを示して問う。高橋は「部外者には答えられん」と首を横に振る。 「さ、出てってくれ」 「どうしてよ。妻と夫が、二日続けて他殺死体になったのよ? 関連性を疑わなくてどうするのよ! それに、東京で殺された妻も刺殺よ。こっちの凶器は見つかってないんだから、凶器の照合は当然でしょ!」 「そんなん、正式な捜査協力要請もないのに――」 「それぐらい、臨機応変に対応しなさいよ! 事後承諾で何とでもなるはずよ」  夏帆は言いつつ、小松川中央署の特捜本部でパニックを起こしているだろう藤崎管理官の携帯電話を呼び出す。 《今、鴨さんから聞いたが、今度はこっちのマル害の夫が殺されたって?》 「そうよ。すぐに正式に捜査協力要請を出して!」 《いや、しかしまだ事件の関連性が――》 「それを調べるためでしょ!」  夏帆は言い切って、通話を切る。すぐに着信があったが、あとは完全無視。そして気になっていた、桜柄のハンカチを手に取る。ピンク色だから、女性ものだ。内藤和磨がこれを持っていたのか? それとも、犯人の遺留品か。深雪がハンカチを持っていた件は、まだマスコミには流していない情報だ。犯人が意図的に現場に残したのだとすれば、このハンカチには何か意味があるということになる。  高橋の視線を感じ、夏帆は睨み返してから、ブルーシートを出た。
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