第三章【桜柄のハンカチ】

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 夏帆は浴衣を脱ぎ捨て、新品の肌着とブラウスを纏う。昨日、京都駅前のショッピングモールで、ブラウスから下着まで全て新調したものだ。  内藤和磨が殺された? しまった――!  まさか――連続殺人?  夏帆の脳裏に最悪の一言が過ぎる。そこまで読み切れなかった。何てことだ!   夏帆はフロントにカギを預け、「延泊します!」と宣言するや否や、ホテルを飛び出した。テレビに出ていた場所は、ホテルから徒歩で十五分ほどのところだ。朝方にはパトカーのサイレンが響いていたはずだが、一切気が付かなかったことも悔しい。完全に油断していた。  早朝の死体発見、テレビで被害者の身元まで明らかになっていたことから、現場検証は終了済み。それでも、まだ捜査員はその辺をウロウロしているはずだったし、とにかく情報を掴まなければならない。  枝垂桜の咲き誇る岡崎公園を走り抜けなら、夏帆は葛木の携帯電話を鳴らし、内藤和磨が殺害されたことを告げた。絶句する葛木に、七係全員への連絡を頼んでおく。七係のメンバーは具体的に指示がなくても、独自の判断で動ける人材ばかりだったし、その判断が大きく的からずれることはない。信頼できる。何か解ったらすぐに報告さえしてくれればいい。  現場は京都市動物園の裏手の路地で、確かに、夜間は人通りのなさそうな場所だった。  現場は青いビニールシートで囲われ、鑑識作業が続いていたが、私服捜査員の姿はほとんどなかったから、すでに付近の聞き込みが始まっているらしい。夏帆は立ち番の警察官に警察バッジをチラリと、『警視庁』の文字が読み取られないほどの速さで見せ、「ご苦労様!」と勢いよくKEEP OUTのテープをくぐった。「ご苦労様です!」と若い巡査は反射的な敬礼で応えた。  現場保存のための白手袋と足跡カバーは常に持ち歩いている。それらを手早く装着し、夏帆は現場を囲うビニールシートの内側に入った。鑑識作業を眺めつつ、熱心にメモを取っている若い女性鑑識員に声をかける。 「現場の状況は?」夏帆がさりげなく尋ねると、彼女はメモから顔を上げず、「まだ、新しい情報は何も」とあっさり答えた。 「凶器は?」 「すぐそばの用水路の中で見つけました。刃渡り二十五センチの包丁です」 「じゃあ、ホシには明らかな殺意があったとみて間違いないわね。ところで、マル害は内藤和磨で間違いないのね?」  メモから顔を上げ、「あの、あなたは――」と言ったその声をかき消すような怒声で、「おいおい、あんた、誰や!」と中年の声が響いた。
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