第三章【桜柄のハンカチ】

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 彼女とはさらに詳しく話をする必要があると感じていた夏帆は、彼女に会いに行くつもりでさっき連絡を入れたがつながらず、メッセージを残して折り返しを待っていたのだった。 《連絡いただいていたのに、すみません》開口一番、緊張した声で早紀は言った。《あの、ニュース見ました。和磨さんまで殺されたんですよね》 「そうなの。あなたともっと詳しい話をしたいから、今日、会えないかな? 神戸まで行くわ」 《いえ、そんな、ご足労をおかけするわけには》 「いいのよ」  会いたい人に直接会いに行くか、その人を呼びつけるか、そこが刑事の優秀さの分かれ目だ。しかし早紀は、《実は――》と口ごもり、ややあって言う。 《先ほど、京都府警の刑事さんから連絡があって、話を聞きたいから川端南警察署まで来てほしいって言うんです。でも、ちょっと心細くて――その、できたら、西岡さんに一緒にいてほしいなと思って》 「いいわよ!」即答。越権行為だけれど、関係ないね。 「警察署の前で、待ち合わせでいい?」 《はい。あの、ありがとうございます。これから家を出ます。本当にありがとうございます》  早紀は電話を切るまで恐縮しきっていた。葛木はその間にスマホのナビアプリで、神戸から川端南署までの時間を調べていた。彼女が到着するまで、一時間半ほど余裕がある。それまでの時間、内藤和磨が泊まっていたホテルを調べることにし、夏帆は南禅寺の三門を背に走り出した。  和磨が泊まっていたホテルは、平安神宮を眺めることのできる場所にある。京都府警の捜査車両は停まっていなかったが、捜査員らしき人物が数人ウロウロしていたから、すでに客室の捜査は始まっているらしかった。車は、ホテル側が人目を気にして目立たないところに停めさせたのだろう。  夏帆と葛木は何食わぬ顔でホールに入り、さらに何食わぬ顔でエレベーターに乗り込んだ。すべての客室階のボタンを押したのは、警察官がうろついている階を探すためだ。  明らかに物々しい雰囲気のする六階で降りると、早々に立ち番の警察官が「ここは立ち入り禁止です」と二人を制した。 「ご苦労様」と夏帆はまた、警察手帳をさっと素早く示し、強引にすり抜ける。部屋は六〇五号室、和室二間と洋室一間、広い浴室の付いた豪華な客室だった。新婚旅行の一泊目、新婦のいない客室に、和磨はどんな気持ちで泊まっていたのだろう――否、泊まることはできずに殺されたのだが。  私物のほとんどは持ち出されていたようで、鑑識は指紋や毛髪などの遺留物採取の真っ最中だった。八木沢しのぶがいれば、何かまた情報が聞き出せるかもしれないと思ったが、残念なことにそこにいたのは捜査一課の高橋の方で、「またあんたか!」と怒声が飛んできた。  夏帆は先ほどよりも強気に、「正式な捜査協力要請がきてるでしょ」と言った。内藤和磨殺害の報告が小松川中央署の特捜本部に上がり、藤崎管理官から京都府警へ捜査協力の要請と合同捜査の検討が出されているはずだ。高橋は面倒くさそうに首を横に振り、「だから何や」と応える。 「ここは、京都府警(ウチ)の現場や。警視庁さんにわざわざ手伝ってもらわんでも、私らで調べて、必要な情報は出すから」 「あのね、先手先手で情報共有をしないと、解決するものもしなくなるわよ」 「ほなお宅ら、ホシにつながる情報でも持ってはるんか?」 「それはまだ、捜査中よ」 「そんな辛気臭いこと。ウチら、もう目撃者が――、あ!」  高橋が自分で自分の口を押える。「ちょっと待って、目撃者がいるの?」夏帆が詰め寄るが、高橋は目を合わせようとしない。
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