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家に着くと、あり合わせの材料で料理を作る。サラダとスープ、チキンを1本づつ。質素な夕飯になってしまったが、女性は美味しそうにたいらげた。
そう、僕は女性を家へ上げた。下心があったわけではない。
ゴロツキを一撃で撃退した女性は、その後勝手に僕についてきた。
「キミは誰なの。」
その質問に対する女性の返答は、僕の予想の斜め上を行く。
「私は、あなたの彼女です。」
質問したいことがたくさんあるが、一つ目の質問の答えを聞いて、“たくさんの質問“ が吹き飛んでしまった。
女性は自分の名前が思い出せないらしい。
名前だけではない、自分がなにものなのか、どこからきたのか、何も思い出せない。気づいたときには耐え難い空腹のまま、夜の町をさ迷っていた。そして、惣菜店のいい匂いにつられて店に入ったそうだ。
『だ、だめだ、この子は僕の彼女だ。』
女性をゴロツキに渡さない為に、咄嗟に出た言葉。それが、女性にとって自分が何者かを断言するたった1つの言葉だった。だから女性は、僕についてきた。
2人で、女性の記憶に繋がる手がかりがないかと考える。
最初に気になったのは、その特殊な服装。ラバースーツのようにピタリとしていて、上下の継ぎ目が無く、ボタンもチャックもない。
どうやって脱ぐのかを聞いたのは、僕がうかつだったのだろう。女性は襟元に指をかけて引っ張る。するとスーツは信じられない程伸びて、胸元が露わになる。
手を放すと、伸びた襟元はゆっくりと元に戻った。
不思議な素材のスーツ。その襟元に、文字が刺繍されている。
『てんかみのこ』
それを読み上げると、女性がしばらく考え込み、二つのことを思い出した。
一つは、これが自分の名前のような気がするということ。
そしてもう一つは、信じがたい内容だった。
「私は、空から降りてきました。その途中で、強風にあおられたのを覚えています。」
その後の記憶は思い出せず、町をさ迷い惣菜店に入った話に続く。
『てんかみのこ』
『空から降りてきた』
てんかみのこ、空から降りてきた、てん…、空…、天…
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