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encore
ある快晴の昼下がり。
俺たちは丸いテーブルに無料の情報誌を広げながら、あーでもないこーでもないと互いの意見を出しあって部屋の吟味をしていた。
人の少ないこの時間のオープンテラスはさわさわと揺れる木漏れ日に暖かな陽射しが降り注いで、気を抜くと眠ってしまいそうな程心地が好い。
「こーら、寝るなよこんなところで」
「起きてますー。かろうじて」
「そんなんで大学大丈夫なの?講義、高校よりも長いよ」
「大丈夫だよ、俺やる時はやれる子だから」
「そーですねー」
棒読みされた。くそう。
平日でいくら人が少ないって言ってもそれは休日と比べてってこと。人が全く居ない訳じゃない。
こいつは気付いてるか分かんないけど、道行く人々やカフェの店員さんなんかもちらちら視線を此方に向けては頬を赤らめている。
真昼間の透明な陽射しの下でこそこいつの色は本領を発揮する訳で、誰もがその色に…というかこいつ自身に目を奪われているのが嫌でも分かった。
オープンテラスって気持ちいいけどこういうところはちょっと落ち着かないし、何だかもやもやする。
「また音が荒れてるよ」
「誰の所為だと」
「オレのせい、だよねぇ?」
「くっ…!」
頬杖をつきながらにまにまと口角を上げてこちらを見つめてくる一音は俺の気分なんてお見通しで、理由もきっと分かってるんだ。それなのにわざわざ晴れの日は毎回オープンテラスを選ぶあたり、性格が悪い。
ムッと口を尖らせていると、彼はふふっと楽しそうに笑いながらまた雑誌に視線を落とした。
「駅は近い方がいいかなぁ。お互い大学の最寄り駅は一緒じゃん?」
「本屋も近い方がいい」
「はいはーい。載ってるかなぁそんな情報」
この春から俺達は大学生になる。
それを期に、二人でルームシェアをすることになった。
彼は「同棲ね」と言っていたが俺は頑なに「ルームシェア」と言うことにする。
じゃなきゃまた音が乱れてるって指摘されてしまう。
ちなみに俺は公立の文系で、彼は理系。
一音はてっきり音大か美大なんかに進むのかと思っていたけど、どうやらそんな気は微塵も無かったらしい。あんなに素晴らしい演奏が出来るのに、勿体無い。
ちなみにどこでピアノを習ったのって訊いたら、独学だって。本当に音楽の道に進まなくて良いのだろうか。
「なぁ、もうピアノは弾かないの?」
「まぁ機会があればって感じかな」
「あのね、実はさ」
あの校舎のピアノ、貰い手を探してるんだって。これも先生から聞いた話。
捨てるにも勿体無いしお金が掛かるけど、使い続けるにも使う人が居ないので置き場所を探しているとのことだった。
「部屋にピアノ置くの?それじゃあ大分条件厳しくなるけど…部屋見つかるかなぁ」
「でも弾きたいんだろ?」
「んー、まぁ、あるんならね」
「よしっ!じゃあ部屋は防音にしなきゃだな」
「防音…。防音かぁ」
意気込む俺を半目でちらりと見て、彼は何か別のことを考え込んでいるようだった。
何を考えてるのかは分からなかったが、その眼差しには嫌な予感がする。本能からか一瞬背筋がぞわりと粟立った。
…な、何だったんだ今の視線は。
「…なに?」
「んー?いや、確かに防音の方が良いかもなぁって。色々ね」
にやりと笑った彼は悔しいことに今日も眩しい。しかし忘れてはいけない、中身は元不良の意地悪大魔王なのだ。
そうして俺がその妖しい視線の意味に気付くのは、もう少し先のことだった。
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