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夕暮れ時、商店街は静まりかえっている。
数年前までは賑わっていたこの周辺は、駅前に大型スーパーができたことから、人はゆっくりと、しかし確実に減り、八百屋や個人経営の店は、畳むしかない状況だった。
私の店はいつまで持つのだろうか。祖父の代から続くこの「くだものや・林」を、幼い頃、ただただ恥ずかしく思っていた。記憶の中の祖父は、汗水垂らし、大量のダンボールの箱から、蜜柑を取り出し、形が崩れたのを見つけては、激怒し、みかん農家の小林さん家に、ブレーキをかけると歪な音のする自転車に乗っては、クレームをつけていた。
そんな祖父の姿に苦笑いを浮かべていた小学生の私。
祖父との交流は、ほとんどなかった。父との交流も、ほとんどなかった。
なのに、どういうわけか、私はここで働いている。いつの間にか、親子3代のくだもの屋の林さんになっていた。
「林檎をひとつください」
珍しく客がきた。白い肌の少女は、小銭を握りしめ、視線を合わせようとしない。
想像する。少女の母親は、風邪をひいているのだろうか。いつも母親が作ってくれる、林檎のすりおろしを、今度は自分が作ろうとしているのか。
私の頭の中には、体験することのなかった暖かい家族のイメージがぼんやりと浮かぶ。私は何も言わず、形の良い、真っ赤な林檎を少女に手渡した。
少女は急ぎ足で、林檎を大切そうに手に持ち、姿を消した。
客に果物を売る瞬間、私は、いつもほんの少しその客の裏側を見ようとする。会話は一切しないから、無愛想な奴だと噂をされているのも知っているが、私は、必要最低限の会話しかできない奴だった。
店はもうじき閉めることになるだろう。
誰ひとり、私が、実はこんな客との交流とも言えない交流を、楽しみにしていたことを知らないまま。祖父がどんな気持ちで、父がどんな思いでこの店に立っていたのかを、私が知らないように。
誰も知らないこの楽しみが終わる瞬間を、私だけが、噛みしめていた。
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