神聖なる自動菩薩

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 神聖なる自動菩薩

 市谷(いちがや)甲慶(こうけい)住職は二見景子に土下座して頼み込んだ。  「見逃してくれ! 堪忍だ! 見ての通りの貧乏寺だ、被害弁償なんか要求されたら潰れてしまう、なあ、この老人を哀れに思って! もう六十六歳なんじゃ、住職をクビになったら生きていけん!」  彼女の目の前には本堂から出ようとして、ゴンタロウに叩きのめされて、うつぶせに倒れている木造の地蔵菩薩が痙攣している。  大きな木像で二メートル近くある。  「なんで、わたしの行くとこ、行くとこ事件が起きるの!」  突然の出来事なので、景子にしてもどうしたものやらわからない。  信じがたいことに、この地蔵が動き出し、境内から外へ出ようとしたのだ。  そこにたまたま散歩中のゴンタロウと景子が鉢合わせして、完膚なきまでに襲ってきた地蔵を二人がかりで叩きのめした。  とくにゴンタロウは地蔵に腕をへし折り、足を叩き潰し獅子奮迅と言うより、罰当たりな大活躍だ。  ロボット三原則で、人命救助を最優先に考えて行動するようにインプットされており、敵が人でなければ単独でも戦闘用アンドロイドの実力が発揮できる。  当然、景子の暇つぶしの散歩もかねたショッピングのお供といった、源葉斎の命令は無視された。  「なんで、《これ》が動き出したんですか?」  と、景子は住職に質問した。  信心深い人なら、『奇跡だ!』と、大騒ぎするだろうが、宗教に無関心な景子にとって、地蔵菩薩は『これ』扱いだ。  事の起こりは大学教授の仏像の内部についての研究に協力を頼まれ、安置していた地蔵菩薩の内部を調べてみることになったのが原因だった。  が、その調査中に突然生きているがごとく、動き出したのだ。  奇怪なことに人の関節の限界を無視し、気持ち悪く手足をグネグネとさせて……。  首など一八〇度回転して、往年の恐怖映画を連想させた。  大学教授と助手を務めた大学院生が、悲鳴を上げて逃げ惑ったのは言うまでもない。  この仏像、なぜか頑丈な檻の中に入っているので、《囚われ地蔵》と、名付けられて地域の住人の信仰を集めている寺のご本尊だった。  ふつうは経典とか巻物とか、仏教に関係したものが入れられているが、中に入っていたの石ばかりだ。  どれも麦飯石、鳥取の人形石、そして能登半島の長手石など微量ながら放射能を発する鉱石ばかり、お供え物は乾燥させた昆布だけ。  住職に訊けば、「昔からのしきたりで、主に昆布を捧げることになっているんだ」とのことだ。  詳細は伝承が歴史に埋もれてわからないが、これらが地蔵の動きを封じていたらしい。  大学教授によると、「わたしは植物学者じゃないが、明らかに地球の植物じゃない。この仏像は鎌倉時代に彫られているから文化的な価値も高いが、もしかしたら、この仏像の材料になった木は宇宙から飛来した隕石に運ばれたに違いない。高温にさらされても生きてるんだから、おそらく構造上、火にあぶっても燃えないだろう」  「それが伐られて、仏像にされたんだろうなぁ、おそらく成長が早い不思議な霊木と昔の人たちは考えたんだろう、しかし、ここまで無茶苦茶にせんでも」と、住職は嘆いた。  もはや、文化財どころか美術品としての価値はない。  手足が砕けて、急速に成長したせいで福助みたいに地蔵の顔が膨れていた。  大学教授は住職の肩を叩いて励ました。  「だが、これは大発見だよ、おそらく中の石は仏像の活動を眠らせる効果があるんだろう、昆布はいわば結界だよ、昆布も放射線を発するからね。もちろんどれも被爆するほどの量じゃない。だが宇宙植物にとって生命活動を停止するほどの効果があったんだ。われわれは、それを取り除いてしまったんだな」
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