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「あんたか、引ったくり犯!!」
「げっ!」
男は走り出した。
しかし、ピンクのスーツを着ている俺に敵うはずがない。
俺はすぐに男に足をかけ、男の身柄を取り押さえた。
「お前のせいで……っ、俺は危うく『坂東の☆ゆで卵の選び方』を観損うとこだったんだぞーー!!?」
「何の話だよ!?」
交番が直ぐそこであったことが幸いだった。
騒ぎを聞き付けた警官がやってきて、男は無事逮捕された。
そして、無事財布が戻ってきた俺は直ぐにでも家に帰って、『坂(略)』を観るんだ──!!
「あんたも来てね」
「え?」
しかし俺は、何故か警官に連れられて交番にやってきていた。
そして、警官にここまでに至る経緯を色々聞かれた。
要は、事情聴取ってやつだ。
その最中、時計を見てみると、既に十九時を回っていた。
「お、俺の『坂東の☆ゆで卵の選び方』がぁーーっ!!」
俺は慟哭した。
一体、俺は何のためにここまで頑張ったのだろうか。
「君、何言ってるの?」
「俺の楽しみにしてた番組! その為に俺は頑張ってきたのにっ! もうリアルタイムで観れないんですよ、『坂東の☆ゆで卵の選び方』!!」
俺は恨み辛みをこめて警官にぶちまけた。
しかし、警官は少し考えるような素振りをしたあと、言った。
「『坂東の☆ゆで卵の選び方』の放送、明日だよ?」
「……へ?」
「だから、『坂東☆ゆで卵の選び方』の放送は明日だよって」
……。
……。
うちゅー!!(ダダーン!!)
俺は膝から崩れ落ちた。
「じゃあ、俺は……何のために……」
「んじゃ、お疲れさまねー」
漸く解放された俺は結局、歩いて帰った。
とてもではないけれど、電車に乗る気にはなれなかったからだ。
六時間かけて帰った自宅で、俺は番組表を見て泣いた。
本当に明日からの放送だったからだ。
「俺の労力を返せーーーっ!!」
そんな空しい叫びが、独り暮らしの小さな部屋に響き渡った。
終
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