第1話

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第1話

「ルスラーンさん! 情報ちょうだい!」  ヤノフスキーの一番街、ボロノフ通りに店を構える『ボルトン』にて。  猫獣人の少年エージェント、ダニイル・ブラヴィノフが隣の空き席に飛び込みながら言ってくるのに、いつものように仕事相手を待ちつつ飲んでいた俺は露骨に嫌な顔をした。  またこいつ(・・・)か。 「ブラヴィノフ、お前にはこの間ネタを売ったばかりだろう。あれの処理はどうした」 「こんな情報売られて、俺にどうしろっていうんだよ!!」  カウンターに肘をつき、呆れたようにため息をつく。それに対してダニイルはというと、カバンから取り出した手帳のページ一枚を取り出し、バシンとカウンターに叩きつけた。  内容はすなわち、『四番街ピーメノフ通りの仕立て屋、アナトリー・イッラリオーノフが自宅で猫を溺愛している』というもので。つい先日に俺がほんの数千セレーの情報料と引き換えに、ダニイルに渡したものである。  ひらりと振ったその手でカウンター上に置かれたショットグラスを取ると、くいと傾けつつ俺は不満げに口角を下げる。 「それも立派な裏情報だぞ。この話、お前も俺から買うまで知らなかっただろう」 「確かに知らなかったけどさ! アナトリーさんにどんな顔して『猫見せてください!』って言えばよかったと思ってるんだよ!」  憤慨(ふんがい)しながらも、ダニイルは俺の隣に腰かけて。カウンター向こうでは『ボルトン』店主の人間族、マカール・グルカロフが苦笑しながらゴフレットを磨いている。  ダニイルの発した言葉に、目を見張って笑う俺。この少年エージェント、どうやら早速アナトリーの家に猫目当てで行ったらしい。 「ほう、もう行ったのか?」 「可愛かったよ、抱かせてもらった! 写真、スマートデバイスで撮ったけど見る?  またいつでも会いに来ていいぞ、って言ってももらった!」  そう楽しげに話しながら、手持ちのスマートデバイスを動かしてアルバムアプリを立ち上げるダニイルだ。画面を覗けば確かに、アナトリーの膝の上でうとうと微睡(まどろ)む長毛種の猫の姿がある。  なるほど、これは猫かわいがりするというもの。酒場でデレデレになりながらアナトリーが酔客(すいきゃく)に自慢していたが、今なら気持ちも分かる。  片方の口角を持ち上げながら、再び酒杯に口を付ける俺だ。 「それは何よりだ。どうだ、ちゃんとおいしい思いが出来ただろう」 「いや、出来たけどさ……収入に繋がらないじゃん、こんなの。もっとこう、バーンと儲けられるような情報とか、無いの?」  俺から貰った手帳のページを大事そうにカバンに戻しながら、ダニイルがぶすっと鼻を(ふく)らませた。  少年のように見えるが、彼も立派なエージェント。見習い階級である四級エージェントではあるけれども。ついでに言えば20歳だから、酒場に出入りしていても誰も(とが)めない。  俺を追っかけまわして貪欲(どんよく)に情報を求める彼に、不敵に笑いながら俺は喉の奥を鳴らした。 「あるにはあるが、お前にくれてやれるような情報は無いな。三級ライセンスを取ってから出直してこい」 「ふっふっふ……」  素気無(すげな)く突っぱねる俺だが、不意にダニイルがにんまりと笑みを浮かべた。  その表情は、なんというか、いたずらを思いついた子供のようでいて。きょとんと眼を見開く俺の前に、スマートデバイスの画面が突き付けられる。 「なんだ」 「じゃーん!! 俺ももう三級エージェント(・・・・・・・・)だもんねー。これでもうルスラーンさんに『半人前』とは言わせないぞ!」  自信満々に言いながら、ダニイルは笑った。  画面に映し出されているのはダニイル・ブラヴィノフのエージェントライセンスの証明書だ。そこには確かに、「三級エージェント」の肩書が書かれている。  そういえばつい一週間前に、エージェントの昇級試験の合格発表があったっけか。俺はエージェントじゃないから気にも留めなかったが、この少年はそれに合格していたらしい。  ルージア連邦のエージェントは、最上位の特級から最下位の四級まで、五段階にライセンスが分かれている。  四級エージェントは試験に合格しさえすればそれこそ子供でもなれるが、見習い期間なので大した仕事は貰えない。一級エージェントともなれば連邦外からも仕事がやってくるが、人員は一握りだ。  特級エージェント? あれはもう化け物の域だ。国民的英雄とか、そういうのになってしまう。  ダニイルが差し出すスマートデバイスの画面を見て、マカールが嬉しそうに顎髭(あごひげ)を触った。 「おぉー、ダニイルの坊やもついに三級を取ったか。おめでとう、祝いの一杯は何にする?」 「イェーイ、ありがとうマカールさん! じゃああの、なんだっけ、こないだここでルスラーンさんが飲んでたウイスキー」 「はっはっは、『こないだ』じゃ情報の絞りようがないなぁ」  ざっくりしすぎている注文に、マカールが笑った。  この人間男性、気さくな顔をしてよくよく笑う。その嫌みの無い笑みと、手ごろな価格で提供される酒が、この『ボルトン』を名店たらしめていた。今日は珍しく、客の姿はまばらだけれど。  ショットグラスの中に溜まったウイスキーの香気を吸い込みながら、俺が横から口を出す。このままではダニイルはいつまで経っても酒を注文できない。 「前回ここで俺が飲んだ銘柄というと、『コニーンヘン』と『オーヘンタウシェン』だな。どちらもだいぶクセのある酒だが、ブラヴィノフに飲めるかな?」 「馬鹿にすんなよルスラーンさん、俺だって立派な大人だし! マカールさん、『オーヘンタウシェン』、ロックでお願い」 「はいよ。10年でいいな」  揶揄(からか)うように言った俺に歯を剥き出すと、ダニイルはマカールへと視線を投げつつ注文をした。  『コニーンヘン』も『オーヘンタウシェン』も味が強く泥炭(でいたん)の香が立つ前衛的な酒だ。年若いダニイルには、少し意地悪だったかもしれない。  どちらも一杯1,000セレー以下の安い酒ではないし、俺が前回ここで飲んだ『オーヘンタウシェン』16年はワンショット2,800セレー。10年はそこまで高くは無いが、そんな酒を奢らせることになって、マカールにも少しだけ申し訳なくなる。今日はチップを少し上乗せて出さなくては。  何の文句も言わずに酒を用意し始めるマカールの背中を見ながら、俺はそっと目を細めながらショットグラスに口を付けた。 「ふむ……そうか。ブラヴィノフがもう三級になったというのなら、多少は実入りのいい情報を提供してもいいだろう」 「よっしゃー! 頼むぜルスラーンさん!」  喜びを爆発させて俺を見つめるダニイル。  その屈託(くったく)のない笑顔に少しだけくすぐったいものを感じながら、俺はそのまま手の中のショットグラスを干した。  グラスをコースターの上に置いて、指を一本ピンと立てて見せる。いつものルールだ。 「おっと、勿論(もちろん)ただでとはやれないな。いつも通り、一杯奢れ」 「あー……まぁそうだよなー。くそー、ルスラーンさんの酒の好み、広すぎるから全然絞れない……」  俺の出題に、途端に頭を悩ませ始めるダニイル。  俺からいい情報を引き出すには、俺の出題にしっかり答えを出し、俺を満足させなくてはならない。誰が相手でも、どんな店での仕事でも、これは変わらない。  どんな酒が俺の好みか。俺が飲んでいる酒に合うだろうつまみは何か。逆に出ているつまみに酒を合わせるにはどんなものにするか。  これを俺は、相手やエージェントとしての格に合わせて使い分けている。  正直、ダニイルは五年間俺を追いかけ回し、俺の記事や情報を集めているファンだ。馴染みも馴染み、少しだけ出題の難易度も下がる。 「酒単体で出題しているんだからまだまだ初級編だぞ、ブラヴィノフ。早く俺に、酒指定からのつまみを出題させてくれ」 「分かってるよ……うーん、マカールさん、メニューブック見せて」 「ほいほい。やっぱりメニューを見ないと決めきれないか」  自分の中の知識だけで答えを出すのはあきらめた様子で、ダニイルがマカールに声をかける。ロックアイスを浮かべた『オーヘンタウシェン』10年をコースターに置いたマカールが、次いで革張りのメニューブックを差し出した。  正しい判断だ。『ボルトン』はウイスキーだけを専門に取り扱い、実に百を超える銘柄(めいがら)を揃えている。その全ての酒を把握しているのはマカールのみ。入れ替わりもあるし、俺でも全銘柄を理解してなどいない。  メニューブックを開きながら、ダニイルが眉根を寄せた。 「ウイスキーって難しいよなー、材料もいろいろだし、蒸留方法もいろいろだし」 「そうだな、銘柄をパッと出されて、それだけで判断できるほどに情報が無いことも往々にしてある。度数、熟成年だけで、その酒の味は測れん」  ほとんど手を付けないままでいたチェイサーのグラスを取りながら、俺も息を吐く。  ウイスキーは産地も多彩なら原材料も様々だ。ルージア連邦内でも愛飲者は多い。連邦内ではあまり作られてはいないが、お隣のヤパーナ帝国のウイスキーはウイスキー本場のブレトン連合王国と並んで有名だ。  メニューブックから顔を上げたダニイルが、俺の前に置かれたままのウイスキーボトルに目を留めた。 「ねえルスラーンさん、今さっきまで飲んでたのって、それ?」 「ああ、『ロビン・セイ』のシングルカスク、15年だ」  そう言いながら、俺は目の前にある上部がくびれたボトルを取った。  アマリヤン連合国の『ロビン・セイ』は、同国産のウイスキーの中でも特に味わいが重たいことで知られている。ずしんと重たく、濃厚な香りが鼻に突き抜けていく様は、まるで炭焼き小屋のようとも称される。  再びメニューブックに視線を落として、俺が先程まで飲んでいた銘柄を探すダニイルが目を剥いた。 「『ロビン・セイ』、15年……これ? うわっ、ワンショット2,400セレーもするじゃん」 「この酒をこの価格で飲めるバーなんて、『ボルトン』くらいのものだぞ。他の店では容易に3,000セレーはかかるからな」  ダニイルの言葉にふっと嘆息(たんそく)しながら、俺はチェイサーの水をぐっと飲み干した。  水を飲まなくても悪酔いはしない俺だが、出題の前後では水を飲むようにしている。そうでなくては、判定が難しくなるからだ。  それにしても、『ロビン・セイ』シングルカスク15年をワンショット2,400セレーという低価格には、毎度毎度驚かされる。同じ酒をワンショット3,500セレーで出す酒場も、市内にあるから余計にだ。  うーん、と一つ唸ったダニイルが、ぱたんとメニューブックを閉じた。 「うーん……分かった。マカールさん、『ポットフィールド』12年、出して」 「よし来た。飲み方はどうする?」  ダニイルが注文を考えている様をずっと見つめていたマカールが、こくりと頷いてカウンター向こうの瓶を手に取った。  ウイスキーは飲み方によっても味わいや風味が変わってくるのが面白い。ストレートでそのままの味を楽しむのもいい、ロックスタイルにして徐々に加水しながら変化を楽しむのもいい。水割りやソーダ割りも飲みやすくするにはいいだろう、俺はやらないが。  その辺は、ダニイルもよくよく分かっている。ここで迷うことはなかった。 「ルスラーンさんのことだから、ストレートだろうな……あ、チェイサーも出してね」 「あいよ。なんだ、ダニイルの坊やもウイスキーの飲み方が分かってるじゃないか」  笑みを浮かべながら『ポットフィールド』の瓶を開け、メジャーカップで30ミリリットル測るマカールだ。  ウイスキーをストレートで飲む時は、傍らに水をチェイサーとして置く。酒飲みの間では常識だ。だが、二十かそこらの若者で身に着けている者は多くない。  琥珀色(こはくいろ)の液体がカップに注がれ、ショットグラスに注がれとするのを、眺めながらダニイルは口を開いた。 「そりゃー、十五の頃からルスラーンさん追っかけて酒場に出入りしてるファンだもん。飲み方なんて自然と覚えるさ」 「よく言う。俺の隣に客がやってきたら追い立てられて、半べそをかいていたのにな」 「ルスラーンさん!!」 「はっはっは」  俺の軽口に、またしてもダニイルが声を張って。それをマカールが笑い飛ばしながら、俺の前に『ポットフィールド』と、常温の水で満たしたグラスを置く。  ショットグラスに手を伸ばしながら、俺はロックグラスに口を付けるダニイルに声をかけた。 「で、だ。どうだ、お前の手元の『オーヘンタウシェン』は」 「うーん……なんかこう、難しいな」  口の中で『オーヘンタウシェン』10年を転がし、ゆっくりと飲み込みながら、ダニイルはロックアイスを見つめたままで言った。  ブレトン連合王国の中部に位置するオーヘンタウシェン蒸留所は、地域の伝統的な蒸留方法を守っていることで知られている。その味わいはすっきりしながらも香り高く、複雑なニュアンスを感じさせる銘柄だ。  口の中の味わいと鼻の中の香りを忘れるまえにと、ダニイルが言葉を続けていく。 「アルコールが強くて辛いかと思ったら、ちゃんと穀物(こくもつ)の甘味もあるし、香りは鼻を突きさすみたいだし……でも刺々しくない」 「ほう? 案外話すじゃないか。俺の話を聞いて覚えたか?」  随分と的確に『オーヘンタウシェン』を捉えたダニイルの言葉に、俺は目を見張った。この青年、なかなかに鋭い感性を持っているようだ。  ロックグラスを置いて、チェイサーの水に口を付けたダニイルが、自信ありげな表情で俺を見てくる。 「当然だろ、ルスラーンさんの書いた雑誌記事、スクラップして全部保存しているんだからな」 「そいつはどうも」  嬉々として俺の書いた記事をファイリングしていることを話すダニイルに素気無く返しながら、俺は『ポットフィールド』に口を付けた。  『ロビン・セイ』と同じくアマリヤン連合国で作られる『ポットフィールド』。飲み口は軽妙だが舌先に感じるアルコールは滑らかでしっとりしている。  鼻に抜けてくるオーク樽の香りとトウキビの甘さは、じんわりと広がりながらしっかりと主張してきた。  なるほど、これはこれでいい酒だ。『ロビン・セイ』の後に飲むと軽さが際立つ気もするが。 「……ふむ。こういうのも悪くはない」 「やった!」  比較的好意的な反応が返って来て、ダニイルが嬉しそうに拳を握った。  それにちら、と視線を向けて、俺はカウンターの下に置いたカバンに手を伸ばす。そこから比較的古い手帳を取り出してページをめくると、書き留めてだいぶ時間が経過した一枚を切り取った。  要求する情報料と俺の口座情報を書いて、ダニイルの前にすっと差し出し、俺はまっすぐに隣の彼を見る。 「ただな、ブラヴィノフ。俺の売る情報はもっと、考えて使え。  俺の売るネタは玉石混淆(ぎょくせきこんこう)ではあるが、一見何でもないような情報もすべて、そいつの黒い部分に(つな)がるようになっている。そうでなければ俺だって、それを売って商売しようだなんて思わん」 「えっ、これ……」  俺に真剣な表情で説教をされ、呆気に取られながらページを手に取ったダニイルは目を見張った。  当然だろう、彼の手の中にある情報は、彼に今渡した情報は、彼が最近懇意(こんい)にしている人物にまつわるものだ。  ふっと悪戯(いたずら)っぽく笑いながら、俺が口を開く。 「そう、(つか)んでいたネタだ。イッラリオーノフのな」 「ちょ、これ……あの家で!? 俺あそこに何度も遊びに行ってるんだけど!?」  ダニイルの手の中にある、アナトリー・イッラリオーノフの悪事はこうだ。  『四番街ピーメノフ通りの自宅で、酒の密造(みつぞう)を行っている。密造した酒を大々的に販売してはいないが、周辺住民や友人に飲ませたり、少額の金と引き換えに(ゆず)ったりしている』。  酒の密造は重罪、とまではいかないが、立派な犯罪だ。警察に見つかれば、最低でも数日の拘留(こうりゅう)は免れない。  信じられない表情で俺の渡した情報を見つめるダニイルに、俺はことさらに明るい口調で言った。 「だからお前にあの情報を売ったんだよ。今ならわかるだろう?  イッラリオーノフはお前を(こころよ)く家に迎え入れるだろう。何度も行っているなら、一人で猫と遊ばせることもしそうだな。なんなら現場を抑えたら、自分からお前に口止め料として金を握らせることもするんじゃないか?」  俺の発する言葉に、ダニイルの目がますます大きく見開かれる。  そう、ダニイルがアナトリーとあらかじめ懇意になっていれば、家に堂々と立ち入らせることも可能なのだ。猫、という別の来訪理由があるならなおのこと。アナトリーも気が(ゆる)むことだろう。  先の先を見据えた上で、情報を提供していく俺の真意に気づいたらしいダニイルが、目の端に涙を浮かべる。 「ルスラーンさん……」 「あくどいねぇ、ダニイルの坊やにアナトリーさんを強請(ゆす)らせようってのかい?」  俺とダニイルの話を聞いていたマカールが、口元を舐めつつ口を挟んできた。  あくどい、そう言われるのもしょうがないだろう。なにしろこんな年若い青年に、悪人を強請るネタを提供し、それを諭しているのだから。  だが、彼もエージェントの端くれ、それも三級エージェントという立場を得た、一人前の大人だ。ならば俺は、その立場に真摯に向き合うだけで。 「エージェントは、対象の悪事を自分のうちに留めて見逃すのも、時にはしなければならなくなる。自分の個人的感情を押し殺して、警察に通報することも同様だ。  この案件について判断するのはブラヴィノフだ。俺の(あずか)り知ることではない」  ぶっきらぼうに話して、俺は手の中の『ポットフィールド』をぐいと飲み込む。  こういう、清濁併(せいだくあわ)せ呑むような対応が、エージェントには求められるものだ。正義感ばかりではやっていけない、悪人を断罪することだけが仕事ではないのだから。  ダニイルのような若いエージェントには、そのことを分かっていてもらいたい。先行きが期待できるだけに猶更(なおさら)だ。  俺の言葉に、ダニイルが目元をぬぐう。涙をぬぐって、俺に向かって頭を下げる。 「ルスラーンさん……ありがとう」 「とりあえず、『ポットフィールド』ワンショット分の1,500セレーは置いてけよ。『オーヘンタウシェン』はグルカロフからのおごりだとしてもな」  そう、ぶっきらぼうに言いながら、俺は下げられたままのダニイルの頭をくしゃりと()でてやるのだった。  後日、ヤノフスキー市四番街に激震が走った。  ピーメノフ通りの仕立て屋、アナトリー・イッラリオーノフが、自宅で酒の密造を行っていたとして、警察に逮捕されたのだ。  自宅で猫を可愛がっている所を踏み込まれたアナトリーは、沈痛な面持ちで警察の同行要請に応じたという。  警察に手錠をかけられたアナトリーが連行されていく場面に、ちょうど居合わせた三級エージェントのダニイル・ブラヴィノフは、大きく見開いた目に涙を溜めて、アナトリーの姿を見ていたそうだ。
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