第一話 酒場にて

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第一話 酒場にて

     昼間は青かった空が暗くなり、人々の家に魔法灯の光が(とも)される頃。  街の広場に面した『黒牛(くろうし)亭』では、それまでの安食堂という雰囲気から、いかにも酒場という感じに客層も変わリ、一日で最も繁盛する時間帯を迎えていた。  そんな中。  両開きのスイングドアを押して、一人の女性客が入ってくる。  カウンターから店内全体の様子に目を光らせていた店主は、チラッとだけ女性客の方に目を向けた。だが彼女が常連客ではないことを確認すると、すぐに視線を元に戻すのだった。おそらく服装からして旅人――それも冒険者や傭兵のような怪しげな身分な者――だろう、と思いながら。  夕方この街に来たばかりのラドミラは、広場の近くにある店へ、適当に入ってみただけだった。  だが入った瞬間、店内で立ち込める香りに、強く空腹感を刺激される。なんだか急にアルコールと肉料理が欲しくなる、そんな匂いだ。  ふぁさっと金髪をかき上げて、軽く店内を見回すラドミラ。  すでに、かなり店内は賑わっていた。満席というわけではないし、()いているテーブルもチラホラ目に入るが……。この様子では、食べているうちに相席を求められるかもしれない。 「それは嫌よね……」  独り言と共に軽く頭を振ってから、彼女はカウンター席の方へと向かう。テーブルで見知らぬ誰かと向かい合って食事をするくらいならば、カウンター席の方がいいと思ったのだ。  歩き始めたところで、カウンターの中に立っている男と目が合った。忙しく働いているというより、客や従業員を監視しているという感じなので、この店の主人なのだろう。そうラドミラは判断する。入店してきた時だって、ジロリと一瞥されたのを、はっきりと感じたくらいだった。  そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、店主は気さくに声をかけてくる。 「いらっしゃい。お酒かい? それとも食事?」 「両方よ。メニューはお任せでいいから、オススメ料理を一人分。それと、ここの地ビール……。えぇっと、苦味と甘味の同居する(ダーク)ビールがある、って聞いたんだけど?」  軽く手を振りながら答えるラドミラ。それから、どっこいしょといった仕草で、カウンター席に腰を下ろした。  店主の顔が、にこやかになる。 「ああ! うちの自慢のミルクスタウトのことだね、お客さん! スタウト独特の芳醇な苦みに加えて、ほんのりとミルクの甘みもあるから、女子供にもオススメだよ!」  この様子だとビールの話を持ち出して正解だったな、とラドミラは思う。店主の心象が良くなれば、料理をサービスしてもらえたり、色々と話を聞き出せたりするかもしれない。  どうせ今晩は宿に泊まるだけで、仕事は明日なのだ。酔いつぶれるほど飲まなければ、ビールを嗜むのも悪くないはず。  そんなことを考えると同時に。  注文を受けて奥へ引っ込む店主の後ろ姿を見ながら、ラドミラは心の中でだけ、彼にツッコミを入れるのだった。「女子供にもオススメ」は言い過ぎだろう、と。さすがに『子供』にビールはダメだぞ、と。  しばらくして。 「はいよ、おかわりだ」  店主がラドミラの前に、パンの追加が入ったバスケットと、三杯目の(ダーク)ビールを置く。  赤と緑が鮮やかなサラダ、やわらかい仔牛のステーキ、濃厚なカボチャのポタージュなど、出された料理の大半は、すでにラドミラのお(なか)の中。空腹感は収まっていたが、彼女としては「まだまだ食べられるぞ」という気分だった。  早速ビールの三杯目に口をつけてから、ラドミラは店主に声をかける。 「ところで、おやじさん」 「なんだい?」  おそらく追加注文だと思ったのだろう。店主の顔には、愛想笑いが浮かんでいる。 「この近くに、アダチって人が住んでると思うんだけど……。知ってる?」  ラドミラとしては、何気ない世間話という口調のつもりだった。だが、店主の顔から、スーッと営業用スマイルが消える。 「お客さん、『先生』に何か用事かい? もしも悪さしようっていうなら……」  あらためて品定めするような視線を、ラドミラの全身に送る店主。『全身』といっても、彼女は座っているので上半身しか見えないのだが。  ラドミラは苦笑する。それなりにスタイルに自信はあるものの、おそらく今の場合は、女性として『品定め』されているわけではないはずだ。 「あら、心配しないで。私、こう見えても、魔法士でね。魔法士協会からの依頼で、そのアダチって人を手伝いに来たのよ」 「魔法士? へえ……」  店主は、少し意外そうな口調だ。  まあ、無理もない。魔法士が好んで着るような白や黒のローブではなく、ラドミラの服装は、茶色くて動きやすそうな皮鎧。腰にはナイフも備え付けてある。冒険者に間違われるどころか、盗賊だと思われても不思議はない格好だった。 「ほら、魔法士って『対人戦闘は苦手』って印象があるでしょ? 追いはぎとかゴロツキとかに狙われやすくて……。それでなくても私、か弱い女の子だし。だから格好だけでも、荒事になれた冒険者って感じにしてるの」 「なるほど、格好でハッタリかますのも、一種の護身術ってわけかい」  ラドミラの言葉に、店主は頷いている。  実際のところ、彼女は『か弱い女の子』とは程遠く、対人戦闘もこなせる立派な魔法士なわけだが。  何か一系統の魔法を得意とする魔法士が多い中、ラドミラは二つの系統、それも火と水という反対属性の魔法を使いこなす。『烈火燃焼(バーニング・ファイヤー)』はモンスターを一匹まるごと焼き尽くせる威力だし、『激圧水流(ウォーター・スプラッシュ)』は最大強度ならば人間の体を貫通するほどの水圧だ。  もちろん、今そこまで説明するつもりなんて、ラドミラにはなかった。 「おやじさん、さっき『先生』って呼んだけど……。そのアダチって、この街で何か教えてるの?」 「いやいや、そうじゃないけどさ。ただ……」  顔の前で手を振って、否定する店主。 「『先生』は、色々とアドバイスをくれるからね。それで、街のみんなから慕われて『先生』って呼ばれてるのさ」 「なるほどねえ。アダチって転生者なんでしょ? だったら、普通の人が知らないことも、いっぱい知ってるわけね……」  転生者。こことは別の世界で一生を過ごした後、元の世界の記憶を保ったまま、この世界にやってきた者たちのことだ。  彼らの世界では魔法が存在しない代わりに、驚くほど科学技術が発達しているらしい。だから彼ら転生者がもたらした知識によって、近年、この世界の科学も急激に発展を遂げている、と言われていた。  とはいえ、日常生活レベルで『発展』を感じる機会は、あまりないのだが。少なくとも、ラドミラの感覚では。 「おっ、やっぱり『先生』の素性は、有名なんだねえ。そう、『先生』は転生者さ! 時々、うちの料理や酒にも、『こうしたらもっと美味しくなる』ってアドバイスをくれて……」 「え? もしかしてアダチって、元の世界では料理人だったの?」 「いや、確か医学に関わることで、でも医者ではなかった、って言ってたような……。とにかく『先生』は、うちの常連客の一人でさあ。ほら、今お客さんが飲んでるビール、それも『先生』の好物でね! 『先生』に言わせると、(ダーク)ビールの良さは……」  店主が語り出したが、それをラドミラは聞き流して、ジョッキを口に運ぶ。これが『転生者』アダチの好む味なのか、と不思議な感慨を覚えながら。    
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