事故物件の隣の部屋

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事故物件の隣の部屋

ミツエさんは今のアパートに暮らし始めて半年になる。 その隣の部屋から毎晩のように物音が聞こえていた 隣の住人、何をやっているのかしら? ミツエさんは何回か隣に住んでいる住人と軽く挨拶をしていた。 しかしその住人は返事もせず無視を決め込んで、自分の部屋へ入っていく。 挨拶くらいしなさいよ。 無愛想な無精髭の若い男。 いつもパーカーを被って人と目を合わそうとはしない気持ち悪い男。 古い町家で育ったミツエさんは小さい頃から祖母や母から人には失礼のないように挨拶だけはしなさい、それが世の中でお互い気持ちよく生活していくコツなんだから。そう躾けられてきた。 それだけに他人と関わらないようにしている件の男の神経が理解出来なかった。 にも関わらず、隣の男の部屋には毎日のように人の出入りが激しく、薄い壁越しに楽しそうな笑い声が聞こえてくる。 どうやら無愛想な男にも来客があるらしい。 そして夜中になると、ユニットバスから ギーギーと聞こえてくる。 ミツエさんが湯船に浸かっていると何かを弾くような音が絶えなかった。 さらには配管が詰まっているのか、汚い水がゴボゴボと溢れてくる。 大家さんに調べてもらうように頼んだが、何しろ古いアパートだから。と、けんもほろろに相手にされない。 時には赤い水と一緒に長い髪の毛が溢れ出してくることもあった。 しかも異様に鉄臭い。 隣の男の部屋には毎晩1人尋ねて来て、 その夜遅く、必ずユニットバスから何かを弾く音が続く。 薄気味悪さを感じたミツエさんは、付き合っているアキラさんに相談してみた。 私の隣の男、何かわからないけど不気味なのよ。事のあらましを打ち明けた。 アキラさんはよしわかった。そう言って電話を切った。 しばらくしてアキラさんから返信があった。 話つけたから、安心していいよ。 もう変な音はしないし、困るような事もないから。 ミツエさんはどういう事なのか詳しく尋ねようとしたが安心していいから。そう繰り返すばかりでこちらの話を聞こうとはしなかった。その夜また隣から何かを弾くような音がしていた。その日を境にピタリと音はしなくなった。 アキラの言う通り、隣の部屋からの妙な音は聞こえなくなり、毎晩尋ねてくる来客も来なくなったようだった。 そればかりかパーカーの住人の姿すら見かけなくなった。 安堵したミツエさんだったが、アキラったらどんな話のつけ方をしたかしらと、一抹の不安を覚えていた。 アキラは高校時代から付き合っている甘い面立ちの一年先輩の文化系の男だった。 困ったことあったらなんでも遠慮なく相談してくれ。それがアキラの口癖であった。 そんなアキラに頼る後輩たちも何人かいた。そして必ずトラブルが収まる術を心得ているようだった。 ある後輩から、〇〇先輩から恐喝されているです。そう訴えて来た後輩に、ミツエさんも力になればと、アキラに相談してみた。 よしわかった、そう胸を叩いてアキラは件の〇〇先輩に話を付けに行った。 それからその先輩の姿が見えなくなった。 学校では、その先輩の行方が分からないと、家族とともに捜索していたらしい。 しかしその恐喝していた生徒が親元に帰ってきたという話はついに聞かなかった。 そのうち学校内でその生徒の噂も次第にしなくなっていった。 俺は頼られるのが好きなんだ、なんでも遠慮なく相談してくれ。 その無邪気な顔と行動に違和感を覚えていたミツエさん。 アキラに相談してよかったのかどうなのか。 不安を募らせていったミツエさんにある日警察が訪ねてきた。 この男の方をご存知ないですか。 見せられた写真にはたしかに隣のあのパーカーの男の顔があった。 数日前から行方知れずなんです、捜索依頼がありました。事件の重要参考人なんです。 隣の男の部屋から数人の解体された遺体が見つかったという。 遺体を処理したのがユニットバスだった。 あの毎晩続けていた何かを弾くような音は遺体の処理に使ったノコギリの音だった。 ミツエさんはアキラに問い詰めた。 アキラは臆面もなく、ああ、俺がバラしたんだよ。そうあっけらかんと答えた。 ミツエさんに相談されたその日、ミツエさんの隣の男の部屋に尋ねたアキラは、そのまま隣の男を絞殺して遺体をユニットバスで処理をし、遺体を細かく分けて排水口に流し、あとはゴミ袋に入れて捨てたと、笑いながらアキラはミツエさんに安心していいから、安心していいから。同じ言葉を繰り返していた。 音がしなくなった最後の夜、隣から聞こえていたのはアキラがパーカーの男を処理する音だったんだ。 ミツエさんはボロボロと泣きながら激昂した。 馬鹿じゃないの!?なんてことをするのよ!ただ相談しただけじゃない。何も殺さなくても。 だって困ってるって言ったのはお前だろ?俺は相談してくれたことが嬉しかったんだ。解決した時のお前の安心した声が聞きたかったんだ。俺はその頼りにされてる奴の声が聞きたいんだ、昔からいろんな奴から頼りにされている事が心地いいんだ。ありがとうって。そう言ってくれたろ?俺はお前が好きなんだ。お前も俺が好きなんだろ?だったらそれでいいじゃないか、何の問題がある? ミツエさんはアキラに警察に自首をするよう懇願した。 しかしアキラは聞き入れようとはしなかった。 バレるのがそんなに怖いの? 玄関に向かおうとするミツエさんは引き止めるアキラの手を振りほどいた。 俺はお前が好きなんだ、付き合ってる頃から、お前と結婚してもいいって。お前も同じだろう?家族を持ちたいんだ、お前の子供が欲しいんだよ。アキラの顔が間近に迫って来た。ミツエさんの記憶はそこでプツリと途絶えていた。 ふと目を覚ましたミツエさんは、自分の首から下が無い事が分かった。テーブルの上に自分の首が載っていたのだった。 アキラが嬉しそうにしながらミツエさんに見せびらかしていた。 ほら、これがお前の心臓だよ。まだすこーし動いてるかな?ピクピクしてる、鼓動を打ってる。綺麗だよなぁ。お前の命だよ、な? アキラはミツエさんの目の前にミツエさんの体内から取り出した臓器を見せながら声を弾ませ、涙を流していた。 次にアキラが見せた臓器を見たミツエさんは、あぁ、私の子供が宿るはずだった私のいちばん大事な袋…。そう思うとアキラ同様、涙が溢れて来そうになった。しかし泣きたいのに泣けない、やるせないもどかしさを覚えていた。 ほら、これが俺とお前の子供が出来るはずだったお前の…こんな事でお前の見る目が変わるなんて許せない。お前があんまりワガママを言うから。お前が悪いんだよ。でも安心して。俺はお前を愛しているから、お前を許すよ。これからいつまでも一緒に居ような。 そう同じ言葉をアキラは繰り返していた。 明けても暮れてもアキラはテーブルの上の私を愛おしく見つめ、思い出話をしていた。高校時代の文化祭のこと、アキラと映画を観に行った時のこと、そして私の幼馴染の男の子を嫉妬の目で見るアキラ自身のこと… 日が経つにつれ、部屋に異臭が漂ってくる。窓を締め切り、蒸せるような狭いワンルームの中で私の意識は朦朧としていた。あぁ。もう終わりなんだ、この世に居られるのがあと僅かなんだ…お父さんお母さんごめんなさい、アキラと付き合うのを初めから反対していたわね…まるでこうなることを知っていたかのように… アキラが何やら怒っている。なんだお前?何してんだよここで!?バラしたのにおかしいだろ?帰れよ帰れったら! アキラの横にパーカーの男が虚ろな表情で立っていた。アキラが殺した男だ。あの男、幽霊になったんだ。アキラを恨んでいるんだ…。 そのアキラを取り押さえている男たちがいた。制服を来た男たち。警察官がアキラを連行して行く。ミツエに俺の愛を見せてやってんだ。アキラはそう繰り返していた。 私の身体が次第に軽くなって行く。もうダメだ。お別れね。 そのアキラの姿を私は天井から見下ろしていた。
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