プロローグ

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「ずっ、ずっと好きでしたっ!私の処女、貰ってください!!」 勢いよく頭を下げ、瞳をギュッと固く閉じる。 冷たい風が頬の横に垂れ下がった三つ編みを大きく揺らして吹き抜けた。 大学の校舎の裏手。植えられているのか生えているのか分からない程に生い茂った木々が、私達二人を周りから見えにくくしている。 丸裸の木立を北風が揺する「ヒュン」という音も、学生たちの活気ある喧騒も、今の私には全く耳に入らない。ただ、心臓の音がうるさいくらいに鳴り響くだけ。 「ありがとう。気持ちだけ貰っておくな」 一瞬だけ間を置いて、低く優しい声がそう言った。 はっきりと断られたのに諦めの悪い私が食い下がると、これまで怒った顔なんて見たことなかった彼が、厳しい顔で私のことをピシャリと叱った。 彼のお説教はもっとものことで、自分がしたことの恥ずかしさとショックで泣きそうになりながら謝った。 すると優しいあなたは何も悪くないのに謝ってくれて、ほっとした拍子に目元から涙が堪えきれず眼鏡の縁にポトリと落ちた。 再度謝ると、「もういいよ」と頭を撫でられて、懲りもせずに胸が高鳴る。 私にとっては初めての恋。初めての告白。 もしかしたらもう誰かを好きになること何て二度とないかもしれない。 そう思えるくらい好きだった。 だからと言って『処女を貰って』なんて乱暴すぎたと反省したけれど、振られて『はい、分かりました』とすぐに引き下がれるほど軽い気持ちじゃない。 それならせめて―― 「ファーストキスだけでも貰ってください!!」 上を向いたままぎゅっと目を閉じる。 愚かなまでの果敢さ。勇敢に見えて無謀なだけ。 あの頃の私は若くて愚かで、今よりもずっと純粋だった。 可能な限り上を向いたからちょっと首が痛いけれど、今はそんなことはどうでもいい。 私はじっと、ただじっと瞼を閉じてその時を待つ。 指先は痺れるほど冷たいのに、顔は燃えるように熱い。 心臓の音がうるさいくらいに鳴っている。 ひっきりなしに降ってくる雪は、赤く染まった頬の上で瞬く間に溶けて流れた―――。
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