第三章 嵐は突然に

4/23
前へ
/359ページ
次へ
「できる男は仕事に無駄がありませんね」 彼が去っていった方を眺めながら幾見君が呟く。 「お忙しい方なのよ」 統括は当社と親会社子会社を繋ぐ橋渡し役だ。ここでの事案をホールディングス(うえ)へと上げなければならないから、行ったり来たり忙しい。 「ホールディングスの方での会議もありますしね」 頷きながら言った幾見君の隣で、高速でキーボードを叩きながら大澤さんが口を開く。 「仕事がデキル上にあれだけイケメンでしょ?まだここに来て二週間だっていうのに、すでに彼を巡っての競争はすごいものになっているらしいわよ」 「みんなこのチャンスを逃したくないんでしょうね。」 「二人ともそろそろ仕事に―――」 「雪華さんは?」 噂話に盛り上がる二人を仕事に戻そうとした私の言葉を、幾見君が遮る。 「何が?」 「高柳統括のことですよ。狙おうとか思わないんですか?」 「……思わないわ」 「そうなんですか?」 少しホッとした顔をした幾見君の隣から、タイピングの手を止めた大澤さんが私の方を見た。 「私は主任と統括はお似合いだな、と思いましたけど?」 「「えっ!?」」 私と幾見君の声が重なった。 高柳統括と私が“お似合い”だなんて、他の人から見たらびっくりなのだろう。自分でもそう思うから「そんなことないわよ…」と口にする。 「そうですよ、雪華さんにはあんな冷徹仕事人間じゃなくて、もっと優しい男性がいます!」 上司の私に気を遣ったのか、幾見君がそう言ってフォローを入れてくれる。 (そんなに焦らなくても私は気にしてないんだけど……) そう思いながらも、一生懸命な彼の話を黙って聞いていた。
/359ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18184人が本棚に入れています
本棚に追加