18201人が本棚に入れています
本棚に追加
「雪華さんはまだ帰りませんか?」
斜め上から降ってきた声に顔を上げると、鞄とジャケットを小脇に抱えた幾見君がデスクの隣に立っていた。
「もう八時ですよ?」
「えっ、やだほんと」
ついさっき大澤さんを見送ったはずなのに、もうそんなに時間が経っていたなんて―――
「私はもう少しやってから帰るから。幾見君はもう上がってね」
「俺、手伝いましょうか?」
「ありがと。でもあと少しだから大丈夫。お疲れさま」
「分かりました、お疲れ様です」
帰ろうと背を向けた幾見君に、「あっ」と思い出して声を掛ける。
「幾見君!」
呼び止められた彼が振り向くのに合わせて、私は次の言葉を口にする。
「明日からちゃんと名字で呼ぶように!」
軽く目を見開いた彼は、口の端を軽く上げると
「善処します。ではまた明日―――雪華さん」
笑顔でそう言って帰って行った。
(もうっ、絶対直す気ないわね、あの子)
意外と図太い神経をもっているのだろうか、ちょっとやそっと注意したくらいじゃやめそうにない。さすが営業成績トップの実績を持つエリート。
(って、感心してる場合じゃないわ。若手エリートよりも怖いグループトップの鉄壁エリート様から出された仕事を終わらせないと)
四散そうになる集中力をかき集めるべく、すうっと息を吸い込んでから目の前の画面に意識を集めた。
最初のコメントを投稿しよう!