第三章 嵐は突然に

8/23
前へ
/359ページ
次へ
「雪華さんはまだ帰りませんか?」 斜め上から降ってきた声に顔を上げると、鞄とジャケットを小脇に抱えた幾見君がデスクの隣に立っていた。 「もう八時ですよ?」 「えっ、やだほんと」 ついさっき大澤さんを見送ったはずなのに、もうそんなに時間が経っていたなんて――― 「私はもう少しやってから帰るから。幾見君はもう上がってね」 「俺、手伝いましょうか?」 「ありがと。でもあと少しだから大丈夫。お疲れさま」 「分かりました、お疲れ様です」 帰ろうと背を向けた幾見君に、「あっ」と思い出して声を掛ける。 「幾見君!」 呼び止められた彼が振り向くのに合わせて、私は次の言葉を口にする。 「明日からちゃんと名字で呼ぶように!」 軽く目を見開いた彼は、口の端を軽く上げると 「善処します。ではまた明日―――雪華さん」 笑顔でそう言って帰って行った。 (もうっ、絶対直す気ないわね、あの子) 意外と図太い神経をもっているのだろうか、ちょっとやそっと注意したくらいじゃやめそうにない。さすが営業成績トップの実績を持つエリート。 (って、感心してる場合じゃないわ。若手エリートよりも怖いグループトップの鉄壁(アイアン)エリート様から出された仕事を終わらせないと) 四散そうになる集中力をかき集めるべく、すうっと息を吸い込んでから目の前の画面に意識を集めた。
/359ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18201人が本棚に入れています
本棚に追加